今は昔の物語、メタ・スーダン♪

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コロッセオ周辺の風景~
相変わらず地下鉄C線の工事が続いておりますが~
もう2年以上になりますけど~




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観光シーズンに入ったとはいえ、6月はまだまだ訪れる人の少ない時期♪
それでも、コロッセオに入場する人たちの行列は、とんでもなく長いものでした。
7月、8月にはいったいどうなることでしょう・・



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さて、コロッセオのそばにあるコンスタンティヌス帝の凱旋門です。

コンスタンティヌス帝は、紀元313年にキリスト教を初めて公認した皇帝です。
紀元312年、ポンテ・ミルヴィオ(ミルヴィオ橋)の戦いで、空に十字架が現われるという奇跡が起こり、勝利を予言され、実際にライバルのマクセンティウス帝を破って勝利を収めたことから、自身もキリスト教に改宗して公認したと言われています。
が、これはあくまでも伝説で、実際には死の間際になって洗礼を受けました。
母親の聖エレナや娘が敬虔なキリスト教徒だったのは事実ですけどね。
この凱旋門は、ポンテ・ミルヴィオの戦勝記念に、ローマ元老院が紀元315年に皇帝のために建設したものです。

本当は、コンスタンティヌス帝と凱旋門の美術史的見解を書こうと思っていたのですが、とても時間がないので、Meta Sudans(メタ・スーダン)について書こうと思います。

凱旋門の前には、今も円形の遺跡の痕跡がはっきりと残っています。
この写真では見えにくいのですが・・
古い写真をお見せしましょう。
もちろん、私の撮ったものではありません。




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コンスタンティヌス帝の凱旋門を側面から撮った20世紀初頭の写真です。
奥に見えるのは、フォロ・ロマーノのティトス帝の凱旋門。
コンスタンティヌス帝の凱旋門の前には円形の枠の中に何やら円錐形の古いものが立っています。
これが、メタ・スーダンです。
すごい名前ですが、何のことはない噴水です。
紀元80年、ちょうどコロッセオが完成したティトス帝の時代に建設されました。
古代の伝説によるとコロッセオで戦った剣闘士(グラディエーター)たちが、戦いのあとにここで身体を洗ったなんて言われていますが、まぁこれも単なる伝説でしょうね・・
だって、あり得ませんもの!
戦いが終わった後は、コロッセオから地下道で続く病院か宿舎に戻っていたのですから。

20世紀初頭まで健在だったこのメタ・スーダンは、残念ながら、1933年にムッソリーニの強い要望で凱旋門をくぐり抜ける道を作るため取り壊されました・・・

多くの遺跡が残っているように見えるローマですが、実は、中世以来、蛮族の侵入だけではなく、ローマの為政者によっても破壊され続けているのです。
イタリア統一の際も、かなりの部分が破壊されて、ヴェネツィア広場や幹線道路に変わりましたからね。
それが歴史の定めなのでしょうか・・

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現在、翻訳三作目「ラファエッロの秘密」を執筆中です。
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by mayumi-roma | 2018-06-04 04:59 | ローマ&その他の美術散歩

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする、翻訳家・上野真弓の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


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