
久しぶりに行ってきました~
テンピエットは小さな神殿という意味ですが、テンピエットといえば、これをさすので、テンピエットはテンピエットでいいのです~(笑)。
過去にも記事にしたことがあったので、探してみたら、なんと2013年4月の記事!
5年ちょっと前!
その後も、ブログには書かなかったけど2度ほど行ったので、たぶん最後に行ってから5年は経っていないと思うのですが、それでも、凄い年月があっという間に過ぎたたことが信じられません。
びっくり~
あの頃は、息子が日本の大学に進学してから、私もようやく自分の時間が持てるようになったので、美術館や名所旧跡を再び訪れていた時期で、トラステヴェレでモザイクを習っていた頃だったと思います・・
懐かしい~~
さて、5年ぶりに来てみたら、変わっていました!

写真には写っていないのですが、左隣にサン・ピエトロ・イン・モントリオ教会が続いているのです。
しかし、テンピエットの管轄は、教会ではなくて、写真右側のスペイン王立アカデミーが行なっているのです。
以前は、開館時間に鉄格子の門が開いていて、ここから自由に出入りできましたが、今は、鉄格子が常に閉まっていて、右側のスペイン王立アカデミーの入り口から入るようになっていました。
でも、無料ですよ~

ちょうど写真展が開かれていました~

完璧な調和♪
なんと、テンピエットの中に入れるようになっていました~
ミラノからローマに来たブラマンテは、古代ローマの建築物に魅了され、ローマの円形神殿を模範として、この殉教記念礼拝堂を建設したのでした。
そして、このテンピエットこそが、のちのドーム(クーポラ、丸屋根)建築の基本となっていくのです。



それは、ここが、聖ペテロが逆さ十字架にかかって殉教した場所であると言われているからです。
「えっ?ヴァティカンのサン・ピエトロ大聖堂ではないの?」と思われるかもしれません。
公的にはそう言われているようですが、伝説では、ここが殉教した場所で、サン・ピエトロ大聖堂は葬られた場所、つまりお墓のある場所だと言われています。
ローマには、こういう伝説が多いので困ってしまいますが、これを建立したのが、カトリック大国だったスペインのフェルディナンド5世(カスティーリア王として。アラゴン王としてはファルディナンド2世になります。あ~、スペインの歴史もややこしい)とイザベル女王ということから、この伝説も、あながち嘘ではないような気がします。
聖ペテロの祭壇の前に、網のある穴が見えますが~

このちょうど真下の位置(丸い部分)が、聖ペテロ殉教の地だそうです。

シンプルで美しいですね♪


入ることはできませんけど。

そして、この中心の緑の丸い大理石のある地点が聖ペテロ殉教の地なのです~
今日は、先週行ったばかりなのに、またヴィッラ・ファルネジーナに行ってきました。
お出かけ好きの夫につきあう羽目になってしまったので、だったら、ランチの後でテンピエットに来るしかないと、久しぶりの訪問となりました♪
そういえば、先週のファルネジーナ荘のことも、バタバタしていてガラテアのことしか書いていませんでしたね。
近いうちに!
テンピエットの過去記事はこちら~←ここをクリック♪
サン・ピエトロ・イン・モントリオ教会の過去記事はこちら~←ここをクリック♪(見所、豊富です!)
Tempietto
Piazza S.Pietro in Montorio N° 2
開館時間:10時から18時まで
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