サンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ聖堂♪
2023年 09月 22日

サンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメ聖堂のファサード(正面)♪
これは、見てすぐに分かる通り、ボッロミーニの設計です。
素朴な素材、波打つ壁面、ボッロミーニの特徴がよく出ています。
この聖堂は、大変古いものですが、何度も修復され、現在目に見える部分はバロック時代のものです。
ちなみに、聖堂に続く右手は、聖堂付属の修道院を改装した超高級ホテルとなっています。
この超高級ホテルは、五つ星クラスのお値段で、顧客はマドンナをはじめとするハリウッドの大物芸能人や億万長者です。
修道院の一部を宿泊施設として運営するというのはよくあることですが、通常は安めのお値段に設定されるのが普通です。
しかし、ここは、セレブのための超高級宿泊施設!
これはカトリック世界に波紋を呼び、前教皇の怒りを買いました。
お金儲けに走る聖堂付属の超高級ホテルの発案者は、聖堂の司祭。
聖職者に転身した元ミラノのファッションデザイナーなのです。←これも、不思議な転職ですけど。
発想自体は、さすが元デザイナー!
ビジネスマンとしては、あっぱれではあるのですが、今は聖職者ですからね。
それでも、前教皇の怒りを買っても、営業を続けているところが凄いところでありますが・・。
さて、この大聖堂は、ローマの7つの大聖堂の一つです。
あとの6つは、ご存知、サン・ピエトロ大聖堂とサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂、城壁の外のサン・パオロ大聖堂とサン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、そして、城壁の外のサン・ロレンツォ聖堂と城壁の外のサン・セバスチャーノ聖堂です。

楕円形のデザインが素晴らしく美しく、これを伝えるべく何枚も写真を撮ったのですが、ちょっと難しいです。

ボッロミーニらしいシンプルな設計です。

クラウディウス帝の水道橋が見えます。
ここは、3世紀のセヴェリウス帝の宮殿があった場所で、その後、キリスト教を初めて公認したコンスタンティヌス帝の母親、聖エレナの宮殿となりました
聖エレナは敬虔なクリスチャンだったため、エルサレムまで行って、キリストが磔にされた十字架を探し出し、ローマに持って帰りました。
その十字架を収めるために、宮殿の一部を聖堂としたのでした。
サンタ・クローチェ・イン・ジェルサレンメは、エルサレムの聖なる十字架という意味。
それをそのまま聖堂の名前にしたのでした。


ちょっと不思議な感覚です。
こんな色のフレスコ画は見たことがありません。
これは、アントニアッツォ・ロマーノが描いた十字架物語です。
アントニアッツォ・ロマーノは、15世紀、ルネッサンス初期の画家ですが、思いっ切り中世を引きずっていて完全にルネッサンスに入りきれていない作風が、逆になんとも言えない味を出していて、私は好きな画家です。
サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂にも小さな作品があります。

こちらもルネッサンスからバロックにかけて大改修工事がなされています。

モザイクは、15世紀のルネッサンス時代、メロッツォ・ダ・フォルリとバルダッサーレ・ペルッツィのデザインによるものです。
古代のモチーフを使用しています。
フレスコ画は、17世紀のバロック時代にローマで活躍したマニエリスムの画家、ニコロ・チルチニャーニ(ポマランチョ)です。
ポマランチョのフレスコ画は、ローマのかなりの聖堂で見ることができます。
サンタ・プラッセデ聖堂しかり、サンタ・プデンツィアーナ聖堂しかり、サント・ステファノ・ロトンド聖堂しかりです。

ここに、聖エレナがエルサレムから持ち帰ったキリストが磔にされた十字架のカケラと、その十字架にキリストが打ち付けられた釘が一つと、キリストが被らされた茨の冠のトゲが収められています。
十字架は原型ではなく、細かく分けられて、他の聖堂に分けられ、聖遺物としてそれぞれの礼拝堂に収められています。
釘も、茨のトゲも、同様です。
この中の聖遺物の写真撮影は禁止になっています。
ローマの7つの大聖堂巡り、古来からの巡礼者のように回ってみるのも面白いです。
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2023年2月に出口治明さんとの共著『教養としてのローマ史入門』(世界文化社)が発売されました。
分かりやすくローマ3000年の歴史をまとめているので、ぜひお読みくださいね。
アカウント:Mayumi Ueno(@mayumi_roma)
by mayumi-roma
| 2023-09-22 22:46
| ローマの美術・歴史散歩





