サン・ロレンツォ・フオリ・レ・ムーラ教会(1)♪

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ローマの七大聖堂の一つ、城壁の外のサン・ロレンツォ大聖堂です。
この教会は大変古いもので、紀元258年に殉教した7人のうちの1人サン・ロレンツォ(聖ラウレンティウス)のお墓の上に、キリスト教を初めて公認した古代ローマのコンスタンティヌス帝が330年に教会を建てたのが始まりです。

その後、580年にローマ教皇ペラギウスによって改築され、
435年には、そのお隣に教皇シクトゥス3世によって聖母マリアに捧げる別の教会が建てられました。
そして、この二つの教会を融合させて一つの教会、つまり、現在の姿にしたのが、13世紀の教皇ホノリウス2世でした。
昔の人の名前は難しくて訳が分からなくなるかもしれませんね。
私も・・です!(笑)

右手にチラッと見える1ロマネスク様式812世紀)の鐘楼が可愛いでしょう?
ファサード(正面)の上部にはかつて美しいモザイク(13世紀)で飾られていましたが、1943年7月19日に、連合軍の爆撃を受けて、粉々になり、消滅してしまいました。











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ポルティコ、玄関の部分です♪
ここに描かれているフレスコ画は、8世紀にまで遡るとても古いものですが、幸いにも、先の爆撃で破損はしませんでした。
聖ラウレンティウスの生涯が描かれています。

アルチデ・デ・ガスパリ、元イタリア首相のお墓があります。
これ、原題彫刻の大家、ジャコモ・マンズーの作品なんです~
嬉しい!
こんなところで、彼の作品に出会えるなんて!
現代彫刻は、余り私の趣味ではありませんが、マンズーだけは別なんです!

扉の両サイドに置かれたライオンの像は、中世のものです。












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中に入ると・・
シンプルだけど、歴史を感じさせます・・
誰もいないだけに、かえって荘厳さが増します・・
11本ずつの大理石の柱が並ぶ三廊式(3つの廊下に別れていること)です。











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床は、コスマティ様式のモザイクです♪











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この教会には、美しいアンボーネが2つあります。
アンボーネとは、教会堂建築初期の説教台のことです。
おそらく、ローマで最も良い状態で保存されているものだと思います。

上の写真は、初期のコスマティー様式で造られ、シンプルな中に、エレガンスを感じさせるものです。
もちろん、カッラーラの大理石を使っています。

下の写真、こちらはもう完全にコスマティー様式で、床のモザイクと完全にリンクします♪
どちらも、うっとりするほど美しいです。










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勝利の門のフレスコ画♪
中央に幼子イエスを膝の上に乗せた聖母マリアがいます~
これは、19世紀のフラカッシーニの作品で、ここだけではなく、彼は側廊の壁に描かれたフレスコ画も手がけました。
この勝利の門の裏側に位置するモザイク!
これが、なんと6世紀のもので、ペラギウス教皇の時代のものがそのまま残っていて、素晴らしいのです。
ご紹介は次回になります~











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この写真だと、上の教会と下の教会がちょうど綺麗に見えるでしょう?
この上の部分が、6世紀に教皇ペラギウスによって建てられた古い部分になります。

見所の豊富な大聖堂ですが、ほとんど訪れる人はいません。
私の他に数人程度・・
アクセスが悪いですからね~
私も、リハビリでこの地区に通わなければ、七つの大聖堂の内の一つとはいえ、訪れることはなかったかもしれません。
出会えて、良かった~♪



by mayumi-roma | 2013-05-16 21:57 | ローマの美術・歴史散歩

上野真弓、ローマ在住の翻訳家&文筆家&ツーリズム別府大使。日々の暮らしや芸術探訪、旅の記録。最新刊は訳書『ミケランジェロの焔』、著書に『教養としてのローマ史入門』、訳書『ラファエッロの秘密』など。お仕事のご依頼はoffice.uenomayumi@gmail.comへ。


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