カテゴリ:南三陸町( 7 )

南三陸町、その6・・

ただ今、日本に帰国中~
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南三陸ホテル観洋のレストラン寄りのロビーに座っていたら、窓辺にウミネコが留まっていました。
ウミネコってずいぶん大きいんですね~
くるくると表情が変わって可愛らしい♪
人間を全く恐れていませんでした。
なついているのかな!?
しばらくの間、ここにいました。









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ホテルの敷地から見える志津川湾。
美しい海です。









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けれども、奥には、壊滅状態となった志津川地区が見えます・・










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南三陸ホテル観洋のレストラン「シーサイド」で頂いた「キラキラいくら丼」♪
生のお魚は苦手な私ですが、いくらは大好きな私です~
たっぷりのいくら~♪♪
幸せ過ぎます~♪








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「キラキラいくら丼」は、いわゆる町おこしの一環です。
南三陸町の仮設さんさん商店街の食べ物屋さんでも食べることが出来ますが、商店街では手打ちのお蕎麦を食べたので~

被災地では漁業を主な産業とする所が多く、まだまだ完全に再開している状態ではありませんが、皆さん、頑張っています。
被災地の海産物については、賛否両論あることでしょう・・
残念ながら、それは現実です。
頑張っている姿を見て応援したい気持ちはあっても、福島第一原発の事故の影響を考えない人はいないと思います。

それは、それぞれ、その人の判断で構わないのだと思います。
その人が感じる気持ちは、誰かに責められるべきものではありません。
風評被害という言葉に片付けることは簡単ですが、そんな単純なものではないと思います。基準値をクリアーしているから大丈夫と思えない人もいるわけですから。

私自身、複雑な思いです。
正直に言いますと、これまで、被災地の海産物については納得できない部分を感じていました。
でも・・、実際にこの土地で頑張っている人たちを見ると、そんな風に思う自分がひどい人間のような気もしてきましたし、本当に物凄いジレンマを感じました。

最終的には・・
私はもういい年なので食べてもいいと思いますが、息子には・・というのが正直な気持ちです。

本当に、あの大地震や大津波だけでなく、人間の手に負えないような怪物のようなものにまで人生を狂わされた被災者の方々はお気の毒です。
彼らはちっとも悪くないのに、こんな目に遭うなんて・・

いつも前向きな私ですが、福島第一原発の事故に関しては悲観的にならざるを得ません。事故の収束は、おそらく、私が生きている間には出来ないように思います。

被災地のことも、原発事故のことも、忘れがちになることが多いと思いますが、これは、これからもずっと、我々日本人全員で考え続けなければならない大きな課題なのだと思います。
安易な方向に流れていくことだけは避けなければならない。
そして、被災地支援には様々な形がありますので、いかなる形でも日本中の人が関わっていかなければならないものだと思っています。


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by mayumi-roma | 2013-01-09 23:33 | 南三陸町

南三陸町、その5・・

ただ今、日本に帰国中~
本日、1月8日は、私の〇十〇回目のお誕生日でしたが、状況的にお祝い出来るような環境ではなかったので、お誕生日についてはまた後日~
ですので、今日は南三陸町の素晴らしい温泉についての覚え書きです。

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南三陸ホテル観洋♪
南三陸町の海のそばにある五つ星級のホテルです。

どうして、このホテルがあの大津波の時に無事だったのかと不思議に思われるでしょう・・
私もそう思いましたので尋ねました。
これは、南三陸町の志津川湾の地形が関係しているのです。
志津川湾の入口は広く、このホテルは湾の中央部分(志津川地区)ではなく、入口部分の端っこの海沿いにあるため、大津波の直撃を避けることが出来たのです。
それでも、2階部分までは水に浸かったそうですが・・









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ホテル観洋のロビー♪
なんだか、とっても懐かしい雰囲気のホテルです。
温泉地・別府で育った私・・
別府市のスギノイホテルを思い出します。
昔から、温泉地には必ずある、その土地を代表する観光ホテル!
こういう昔ながらの大ホテルのムードがたまらなく懐かしくていい感じ!
ロビーはとても広くて、お茶を飲むことも出来ますし、お茶を飲まなくてもゆっくりと寛ぐことが出来ます。









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同じく、ホテル観洋のロビー♪
素晴らしい三陸の海のパノラマがどこからでも見えます。









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さぁ、お待ちかねの温泉です~
南三陸ホテル観洋だけで楽しめる絶景温泉です~
この日は、とっても寒い日でしたし、ずっと外を歩き回っていたので、疲れを癒すにはピッタリ!










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内湯から露天風呂へ行きます~










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露天風呂♪
男女それぞれ、内湯が2つずつ、露天も2つずつ、サウナもあります。
この奥に見える橋を渡ると、もう一つの露天風呂に続きます。









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どうです!
太平洋を見渡すことが出来る絶景大露天風呂です。
素晴らしい眺めに良いお湯♪
まさに、至福のひと時です~










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以前、私のお友だちがここに泊まった時、そして、この太平洋を見渡せる大露天風呂に入った時、ウミネコがたくさん飛んでいたそうで、それがあの大津波で亡くなった方々の魂のように思えた・・と言っていました。
確かに、そうなのかもしれませんね。
けれども、私が露天風呂に入っている間は、ウミネコは飛んでいませんでした。









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この大露天風呂に入るベストタイムは夜明けだそうです。
海から日が昇るのを眺めながら温泉だなんて・・
なんて素敵なのでしょう♪

南三陸町にはこれからも足を運ぶつもりですが、こちらのホテル観洋と温泉も、是非とも再び訪れたい所です。
ただ、こちらのホテルは、なかなか予約が取れない状況が続いています。
南三陸町に唯一あるホテルなので、ボランティアで訪れる方々も利用しているのです。
現在、民宿2軒も営業を再開していますが、宿泊施設が圧倒的に不足しています。
これは、おそらく、他の被災地(小さな町であればあるほど)も同様でしょう・・

忘れてはならないのは、このホテルで働くスタッフたちも被災者だということ。
壮絶な経験をして、それでも故郷のために頑張る人たち・・
応援しないわけにはいきません。

被災地を訪れること、物見遊山的なものでも温泉目的でも、この土地を訪れてお金を落とすことも立派な被災地支援となります。
ちなみに、このホテルは、宿泊者のために、仙台駅から無料送迎バスを出しています。
ですので、宿泊の予約さえ取れれば、気軽に来ることが出来ます。
大げさに考えず、是非皆さまも、南三陸の素晴らしい温泉に入りに来て下さいね♪


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by mayumi-roma | 2013-01-08 21:13 | 南三陸町

南三陸町、その4・・

ただ今、日本に帰国中~
日本中が大晦日とお正月の準備で忙しい毎日ですね。

ちょっと悲し過ぎる南三陸町のレポートは本年中に終えたいと思います。
まだ南三陸町の素晴らしい温泉や食べ物のお話が残っていますが、そちらは、新たな年を迎えてから新たな祈りを込めてレポートしたいと思います。
来年こそは、復興という言葉に少しでも近づいて欲しい!


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南三陸町、八幡川・・
この姿を見た時にはショックな気持ちを隠せませんでした・・
何故って、ちょっとシュールな光景だったんです。
もちろん辺り一体、誰もいませんでしたし、川の中には大きな石ころがゴロゴロしているし、川と川の廻りを隔てるものは、コンクリートの細い歩道のようなもの(実際は歩道ではありません)があるだけ。
土地と川の高さもほぼ同じ・・
注意しないと簡単に落っこちてしまいます。

ですが、今年の秋には、この川にサケが帰ってきたそうです。
サケの遡上が始まったのは10月中旬くらい・・
本来は、ここで獲ったサケから採卵して孵化場で稚魚を養殖しますが、現在は孵化場が復旧していないため、サケの卵は町内の加工業者がイクラに加工して市場に出荷しているそうです。
南三陸名物の豪華な「キラキラいくら丼」を私も食べました。


南三陸町志津川は人っ子一人歩いていませんでしたが(当然ですね)、私たちのように被災地の現状を知るために来た者には、歩いてこそ見えてくることがたくさんありました。
交通機関が全くないので、最初はタクシーを時間制で貸りる予定でしたが、そういう見方をすると、単なる物見遊山になってしまって写真を撮るだけになってしまうので、息子と相談した結果、歩くことにしました。
海辺もゆっくり歩きたかったのです。
大正解!
大変疲れましたが、有意義なものとなりました。
結局、タクシーを呼んだのは、ここから、少し離れた温泉のある南三陸町唯一のホテルに行く時だけでした。








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八幡川防潮水門
ここも全くの手つかず状態・・

こういう状況なので、防災センターより海に近い側の地区は、大潮の時には海になってしまうそうです。
確かに、歩いていると海水の水たまりも多かったですし、水に濡れた海藻もたくさん落ちていました。
ちょっと怖かったです・・
私は、一応、覚悟していきましたけどね。

志津川の被災地区は、家や商店の土台を完全に取り除いたら、埋め立てて盛り土をして高さを上げるそうです。
しかし、そこにはオフィスや商店を建てることは出来るけど、居住スペースとしての使用は禁じられるそうです。
私が実際にお話を聞いた被災者の方々は、仮設住宅に入って少しずつ生活面では落ち着いてきたと感じている方も多いのですが、だからこそ、「さぁ、これからどうしよう!?」という不安な気持ちがもたげて来ているそうです。
失った家のあった土地をどのくらいの値段で買い取ってもらえるのか、また、新しい家を建てるために買わなければならない土地の値段は一体どのくらいになるのか、全く何も分からない状況だそうです。









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旧漁港・・
「まだ、こんななんだ・・」と絶句!
この光景を見るために、また、この写真を撮るために、私、ちょっと危ないことをしました。
自己責任ですので、責めないで下さいね。
何事もなかったからよかったものの、本当はこんなことはしてはいけませんね。









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頑張れ、南三陸町!
必ずよみがえる日は来ます!
私は、その日が来るまで、これからもずっとこの町を見守り続けます!
毎年、来るからね~


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by mayumi-roma | 2012-12-30 23:03 | 南三陸町

南三陸町、その3・・

ただ今、日本に帰国中~
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内陸部に仮設で出来た「さんさん商店街」に向かう途中・・
町の方を振り返ると、そこには何も残っていません。
この広大な地域一体が、ここまで、根こそぎ、何もかもなくなってしまうという事実に、ショックを通り越して呆然としてしまいます。
あれから約2年近く経った今、南三陸町と何の縁もゆかりもない私が見ても呆然としてしまうのですから、あの災害直後の悲惨な状況、そして、それ以降の呆然とする事態を乗り越えて、今も一生懸命頑張っている地元の方々には本当に頭が下がります。
本当に、強くて優しい方々だと思います。









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歩いても歩いてもなかなか着かない・・
と思っていた「南三陸さんさん商店街」にやっと到着です!

ここはかなりの内陸部にあるのですが、津波は、ここからさらに1キロほど先の内陸部まで到達したそうです。
全く想像も出来ないような規模の災害だったのです。
テレビでは何となく知っていたような気になってはいたけれども、実際に現地を見ると、その印象とは全く異なります。
百聞は一見に如かずです。









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各商店には一通り入りました。
他のお店でもお買い物しましたが、こちらの「わたや」さんで一番買ったかな~
何故なら、南三陸町の復興プロジェクトで作られた商品がたくさんあったからです。

南三陸町の名産品たこのキャラクターを使った「オクトパス」各種商品♪
これは、受験生にご利益があるそうです。
震災被害木を使用したものもありました。
もちろん、お買い上げ~です。

そして、かつての美しい南三陸町の風景を使ったカレンダーやレターセット、そして、海とともに生きてきたこの美しい町の様子を収めた写真集「記憶の玉手箱」!
そこにあるのは、美しい海、懐かしい街並、温かな笑顔・・
津波がのみ込んでしまった南三陸町の風景と記憶を刻んだ写真を使って、未来を見つめながらも、町の人たちが共有できるものを残すこと、
被災された方々の心の整理につながったり、次の一歩へのきっかけになること、
また、世界中の人たちと南三陸町をつなぐ架け橋になることを願って作られた写真集です。

南三陸町は本当に美しい町でした。
この美しい写真を見るだけで、私も涙があふれて止まりませんでした。

このお店にはありませんでしたが、他店には、志津川高校の高校生たちが作ったモアイ像のグッズもあります。
南三陸町に何故イースター島のモアイ像?と思うかもしれませんが、かつてチリ大地震の際に太平洋を越えて南三陸町に大津波が到来して大変な被害を被ったことがあったのです。
そこで、チリ政府が3.5メートルのモアイ像のレプリカを送ってくれて、海沿いの松原公園に飾られていました。
しかし、そのモアイ像も今回失うことになり、チリ政府は新たなモアイ像を南三陸町に寄贈するためにイースター島で高さ5メートルのモアイ像を制作中でした。
そして、どうやら日本の港にクリスマスの日に到着したようです。
新しいモアイ像が南三陸町に到着するのも真近ですね。
そういうわけで、チリ大使館と南三陸町は深い関係にあって、在日チリ大使もよく南三陸町を訪れているそうです。









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「わたや」のオーナー夫妻。
かつて、「わたや」は、防災センターより、もっと海に近い場所にあったそうです。
「よく助かりましたね」と言ったら、
「だって、私は6メートルの津波警報が出た時点で逃げたもの~」と言うおかみさん。
明るくて美人、とても前向きで、そのパワーには圧倒されました!

おかみさんは、6メートルの警報で、高台にある伯母さんの家に逃げたそうですが、津波は6メートルどころか10メートル(実際には16メートルくらいだったそうです)だったため、結局津波から逃れることは出来ず、見る見るうちに水に浸かり、天井近くの柱のサンのようなものにつかまっていたそうです。
あっという間の出来事だったので、怖いと思う暇もなかったそうですが、水が首の高さまで到達した時には、さすがに「もうだめだ」と思ったそうです。
ところが、その瞬間に水がサ~っと引いたのだそうです。
そして、さらに高いところへ逃げることが出来たのだそうです。
2台あった車は未だに見つからず、遠くに流されたか海の底に沈んでしまったのだろうと仰っていました。








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南三陸町中心部の志津川地区にあった各商店や住宅の跡に「きりこ」プロジェクトで、アルミ複合版に切り透かした「きりこ」が飾られています。
これは、困難な状況に直面しながらも、それぞれの方々が懸命に生きている姿を短い文で表し、絵柄とともに海に向けて設置されています。
空からも海からも町のみんなが頑張っている姿が見えるようにという思いがこもっています。
「きりこ」は、もともと南三陸町の家々の神棚でお正月に飾る習慣のあったものです。
「きりこ」プロジェクトは、南三陸の心が映る美しい祈りなのです。
それにしても、南三陸町の復興は遅れ過ぎです!
なんとかならないものでしょうか!








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さんさん商店街の手打ち蕎麦のお店!








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仮設のお店でしたが、味は確か!
もう、このお蕎麦の美味しかったことと言ったら~~!!
忘れられません!









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仮設の商店街はそれほど賑わっているわけではありません。
東京のクリスマス前のはしゃぎぶりからは余りにも遠いところにありました・・









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内陸部まで津波が押し寄せたため、塩水によって木が変色して枯れています。
自然は怖い。
でも、恐れるばかりではなく、また、人類の叡智で勝てるなどと傲慢なことも考えることなく、上手に共存していくしかないのでしょう・・
私たちも自然の中に生かされているのですから・・


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by mayumi-roma | 2012-12-27 21:58 | 南三陸町
ただ今、日本に帰国中~
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JR仙台駅!
震災後の仙台の繁栄は、実にお見事です。










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仙台に来たからには、光のページェントを見なきゃね♪
仙台市中心部の定禅寺通りと勾当台公園、西公園のイルミネーションです。

本日は、クリスマスイブ♪
私もイタリアンを作って息子とお祝いしました♪
皆さまも、楽しいクリスマスをお過ごし下さい♪


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by mayumi-roma | 2012-12-24 21:42 | 南三陸町

南三陸町、その2・・

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南三陸町志津川は、お役所や警察署、病院等の公共施設、商店街、住宅が集まっていた、町の中心地でしたが、完全に壊滅してしまいました。
今も、まるで戦場の跡のようで、何もありません。
見渡す限り、このような光景が続いているのです。

いくらなんでも、2年近くが過ぎたのに、この状況はひどくないでしょうか!
地元の方、相当我慢していると思います!
もう、本当に早く何とかして欲しい!









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いまだに、生活の匂いを感じるようなものが転がっていて、胸が痛みます。

お役所の方にお話を伺いました。
現在、南三陸町では、どのような形のボランティアを必要としていますか?
今は寒い時期なので、ボランティアの数は減っていますが、南三陸町では、まだまだ手作業でないと出来ないことがたくさんがあるので、いわゆるガテン系のボランティアを必要としているそうです。

震災前は17000人の人口があった南三陸町でしたが、現在では1万人を切れます。
この数は、亡くなった方も多いのだけれども、それだけではなくて、仮設住宅が出来るのが遅かったので、自力で別の町にアパートを借りて、そのままもう戻ってこない方も多いのだとか・・









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この町にはスーパーもありません。
大きな資本が必要なので、今後もスーパーがこの町に出来るのは難しいだろうということでした。
週末は、車でよその町のスーパーまで買い出しに行くのが習慣となっているそうです。

仮設のコンビニは、ところどころにありますが、24時間営業ではありません。
夜8時までの営業かな。

かつて、志津川の中心にあった商店街が内陸部に仮設で復活したので、私はもちろんそこまで歩いて(歩いていける距離ではないと言われましたが、歩きました)、お土産を買ってご飯を食べて、お店の方にお話を伺ってきました。
しかしながら、かなりの内陸部に入っても、津波は来ていたのです。
実際に町を歩くと、考えられない規模の津波だったということを実感します。

あと、自己責任で海辺も歩いてきました。
これは、正直、ちょっと怖かったです・・

さらに、素晴らしい南三陸温泉にも入ってきました!
これらも、また後日報告致します。

南三陸の方たちは、明るくて前向きです。
辛かったであろう自らの津波の体験も気軽に話してくれました。
今でも大変な状況が続く被災地なのです。

「ここに来てくれただけで嬉しい」と、私は地元の方々に言われました。
被災地の復興までは、まだまだ長い時間がかかりそうです。
皆さま、忘れないことも支援の一つです!
どうか被災地のことを忘れないで下さいね!


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by mayumi-roma | 2012-12-24 09:25 | 南三陸町

南三陸町へ・・

ただ今、日本に帰国中~
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南三陸町防災庁舎。
最後の最後の最後の瞬間まで、津波警報と避難誘導を防災無線で出し続けていた若い女性職員のお話は誰もが知っていると思います。
ローマから持ってきたマリア像をお供えして、祈ってきました。
帰らぬ人となった方々、また、奇跡的に生き延びて復興のために一生懸命頑張る方々、全ての人のための祈りです。


あの悪夢のような大震災以来、私は、ずっとずっと東北が気になっていました。
毎回、日本へ帰国するたびに、東北に行こうと思いながらも行けず、今回は、「今行かなかったら、これから先も行かないかもしれない」という思いで、行ってきました。

仙台までは新幹線ですぐに行けるものの、そこから南三陸町までのアクセスが大変悪くて、苦労しました。
行く方法は、車以外だと2つだけ。

1つは、仙台から石巻行きの高速バスに乗ること。
しかし、これは、朝8時代のバスが始発なので、9時には南三陸町に着きたかった私には、出発があまりにも遅いのです。
しかも、超距離バスなので、時間が遅れることが多いのです。

もう1つの方法は、仙台からJRを使うことで、私は結局こちらを選びましたが、まぁ、本当に辿り着くまでが大変でした~
まず、朝6時仙台発のJR東北本線一関行きに乗って、小牛田駅でJR石巻線に乗り換え。
さらに、前谷地駅でJR気仙沼線に乗り換えです。
ところが、JR気仙沼線は柳津駅で終わりなのです。
そこから先、気仙沼までは、線路の復旧工事が終わっていません。
そこで、柳津駅から振替バスに乗って、南三陸町まで行きました。









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南三陸町の中心部だった志津川を中心に歩きました。
写真は、ガレキではありません。
さすがにガレキの処理は終わっています。
これは、復興への次の段階です。
流されてなくなってしまった家や商店の土台の部分を取り除く作業です。
いずれにしても、ひどい状況です!


自分の目で見た被災地の印象は、復興への道筋はそれなりに進んでいるのだけど、それが見えづらいということです。
一見、何も変わってないように思える・・
しかし、実際には少しずつだけど、前進しているのです。
ただ、この災害が、我々の想像を絶するほどのレベルのもので、町の壊滅状況があまりにもひどく、そう簡単には行かないということです。
それにしても、まだこんな光景が広がっているだなんて、あまりにもひどいと思いますが・・

南三陸町のレポートはまだまだ続きますが、あまりにも疲れ果て、それなのに、あまりにも多忙なため、本日はここまで~


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by mayumi-roma | 2012-12-22 19:54 | 南三陸町

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


by mayumi-roma