カテゴリ:ローマの美術散歩( 266 )
ボンコンパーニ・ルドヴィシ家のお屋敷♪

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Casino Boncompagni Ludovisi♪

ずっとずっと行きたいと思っていたボンコンパーニ・ルドヴィシ家の小邸の入り口です♪

このお屋敷には、信じられないお宝があるのですが、現在も旧ピオンビーノ公国(トスカーナのリボルノ近辺)プリンチペ(プリンス)とボンコーパニ・ルドヴィシ家のプリンチペ(ローマ教皇を輩出した家にはプリンスの称号が与えられた)のタイトルを持つボンコンパーニ・ルドヴィシ家の当主ご夫妻が暮らしているため、通常の一般公開という形をとっていません。

最低300ユーロ、つまり一人20ユーロで15人集めなければ(ちなみに15名を超えた場合一人につき20ユーロずつのプラス料金がかかります)、見学することができず、しかも、それは金曜日と土曜日の午前中に限られています。


今回、ローマ日本人学校(全日制)のお母様方と私の友人のおかげで、22名もの有志が集まり、しかも、先方も特別に水曜日の予約を受け付けてくれました。

念願だった場所に行くことができて、感無量です。

ご参加の皆様、ありがとうございました♪


しかも、プリンセス(アメリカ人の後妻さんですが、とっても素敵で親切な方!)が自ら案内して下さり、さらに、現在ローマで研究生活を送っていらっしゃる成城大学教授でイタリア美術史の専門家、石鍋先生が解説して下さるという贅沢さ♪

お二人にも感謝です~





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門が開きました♪

写真撮影は禁止ですが、ここだけ写真を撮っちゃいました。

入り口なので問題ないでしょう。


かつて、このお屋敷は、ボルゲーゼ公園よりも広い敷地を持っていました。

ヴェネト通りからトリトーネ通りまでの一帯、約30~40ヘクタールの広大なものです。

1621年、当時のローマ教皇グレゴリオ15世の甥、ルドヴィーコ・ルドヴィシ枢機卿が、もともとそこにあった小邸〈前の持ち主はカラヴァッジョのパトロンのデル・モンテ枢機卿)を買い、次々に周りの土地を買い足していったのでした。

しかし、19世紀末にイタリアが統一され、ローマを首都に定めたため、街づくりの一環として、そのほとんどをイタリア政府に譲渡します。

ちなみに、ルドヴィーコ・ルドヴィシは芸術品のコレクターとしても有名で、ルドヴィシ・コレクションと呼ばれる名高い名品もイタリア政府に譲渡され、現在は、ナヴォーナ広場そばのイタリア国立博物館アルテンプス宮殿に展示されています。

ルドヴィシ・コレクションの過去記事はこちら~(別ウィンドウで開きます)





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お屋敷♪

写真撮影は禁止でしたので、奥の手を使います(笑)。

私が翻訳した本のイタリア人著者コスタンティーノ・ドラッツィオ氏がテレビのアート番組で数年前に取り上げていましたので、そのテレビ画像を写真に撮りました。

あまり画像はよくないのですが、雰囲気だけでも味わって頂ければ・・と思います。





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こちらは、ボンコンパーニ家の紋章です。
ドラゴン♪
のちに、ボンコンパーニ家とルドヴィシ家は合体しましたので、現在の紋章は変わりましたが、ボンコンパーニ家はもともと北ドイツの出身で、ドラゴンフォンサクソンという苗字でした。けれども、イタリア人には発音が難しかったため、良き友人という意味のボンコンパーニという苗字に変えたそうです。





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さて、お屋敷に入ってすぐの玄関には、マニエリスム(ルネッサンスの巨匠たちの手法を真似する様式)の大家、フェデリーコ・ズッカリの天井画があります。

1570年頃に描かれました。

だまし絵になっていて、窪みがあるように見せるため影まで描いています。

また、4つの目がありますが、この下に立って、くるりと回ると、4つの異なる顔が見えるようになっています。




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(コスタンティーノが~~!TV画像なので♪)

1階の見どころは、まず「風景の間」です。


ここには、ボンコンパーニ家出身のローマ教皇「グレゴリウス13世」とルドヴィシ家出身のローマ教皇「グレゴリウス15世」そして、グレゴリウス15世の甥、ルドヴィーコ・ルドヴィシ枢機卿の肖像画があります。


そして、広間の天井画を誰に描かせるか決めるため、4人の画家に競わせた風景画が4点あります。

ガスパール・デュゲ、ジャン・バティスタ・ヴィオラ、ドメニキーノ、グエルチーノの風景画です。

そして、グエルチーノが優勝して、お隣の広間の天井画を描くことになるのです。






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グエルチーノの最高傑作、「アウロラ」(英語風にオーロラともいう)です。

アウロラはローマ神話の暁の女神のことです。

女神が馬車に乗って現われ、夜をふっしょくして朝の光を導く様子が描かれています。

素晴らしく美しいです♪

馬車を引く馬が今にも迫ってきそうな感じです♪

天井が低いので細部まで見ることができて幸せでした。


これは、フレスコ画(漆喰が乾かないうちに絵を描く方法)ではなく、テンペラ画で描かれています。

建築的枠組みを描いたのは、アゴスティーノ・タッシです。

この画家は、実は、カラヴァッジョの友人の画家、オラツィオ・ジェンティレスキの娘(画家)アルテミジアを強姦して、当時としては珍しく女性の側から告訴されています。

女性の地位が低かった時代に偏見を恐れず性的暴行を裁判沙汰にしたことで、アルテミジアは、元祖フェミニストとされています。




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こちらは、ウィキペディアのデータ画像で著作権のないパブリックなものをお借りしました。

日本で、まとめサイトの無断引用、無断転載、パクリ等が問題となって、多くのサイトが閉じる騒ぎとなっていますが、本当に注意しなければなりません。

ネットで検索すれば、たくさんの画像が見つかりますが、自分もされたらイヤなことはしないのが一番ですからね。


お宝見学記、続きます~


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by mayumi-roma | 2016-12-08 07:09 | ローマの美術散歩
古代ローマ式敬礼=負のシンボル♪
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これは、イタリアがファシズムの時代、第二次世界大戦中に使っていた戦争用の国旗です(写真はウィキペディアのデータベース、著作権が切れて自由に使用してよい画像から拝借しました)。
鷲(わし)は、ファシズムのシンボルの一つです。
けれども、もともとは、古代ローマ帝国のシンボルの一つでした。
ムッソリーニは、「イタリアに再び古代ローマ帝国の栄光を!」をスローガンにしていたため、古代ローマ帝国のシンボルをそのまま使ったのでした。
古代ローマ帝国も領土拡大のための戦争を常に行なっていましたから、鷲(わし)は、翼を広げて攻撃的に略奪する、いわば、戦争のシンボルだったのです。

ファシズムの負の遺産はあえてローマに残されていますが、この鷲(わし)のシンボルだけは消されたところも多いです。
しかし、ローマのE.U.R(エウル)地区には、1つだけ残っています。






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ローマ文明博物館の庭にある噴水♪
この博物館は、現在閉館中なので、見学できません。
この噴水の周りにある生け垣の後ろに回ると・・・






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人目につかないところに、鷲(わし)のレリーフが残されています。
やっぱり、翼を広げていますね。





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でも、私が不思議なのは、こういう、もっと明らかにファシズムを象徴するブロンズの彫像が残っているところです。
この手ぶりは、「Saluto Romano」(サルート・ロマーノ)と呼ばれています。
直訳すると、「ローマ式敬礼」なのですが、このローマ式も、古代ローマを意味します。
古代ローマ帝国時代に、「Ave Cesare!」(アヴェ・チェーザレ)という言葉と共に使われていた敬礼なのです。
「皇帝に敬礼」という意味合いを持ちます。
チェーザレ(ラテン語でカエサル)という言葉は、シーザーも意味しますが、シーザー亡きあとの初代皇帝アウグストゥス以降、皇帝の称号となったのでした。

先にも述べた通り、ムッソリーニは、「古代ローマの栄光を!」がスローガンでしたから、この敬礼も真似したわけです。
ファシズムの時代には、「A noi!」(ア・ノイ)という言葉と共に、この敬礼が使われていました。
「我々、ファシストに!」という意味です。

この手ぶりは、今この時代に誰かがしたならば、とんでもないことになります。
ファシストであることを宣言するような、ファシズムに忠誠を誓う意味があるからです。
右腕を前方上に向けてまっすぐに伸ばす手ぶりです。

私から見ると、鷲(わし)のレリーフよりも、こちらのほうが、ひんしゅくものだと思うのですが・・・
ローマにはファシズムの時代のこの手の彫像がたくさん残っています。


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by mayumi-roma | 2016-11-30 07:59 | ローマの美術散歩
四角いコロッセオ♪
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ローマのE.U.R(エウル)地区にあるPalazzo della Civilta' Italiana♪
直訳すれば、イタリア文明館となりますが、現在は、ローマ発祥のファッションブランド、FENDI:フェンディ(現在ではフランスのルイ・ヴィトン・グループの傘下にあります)の統括本部となっています。
え?
どうして?
と、お思いでしょう。






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この建物は、そもそも、「四角いコロッセオ」と呼ばれていました。

1942年、ムッソリーニ政権下のローマで、万博を行なう予定でした。
ムッソリーニは、イタリアに再び古代ローマ時代のような栄光をもたらそうと、巨大な万博用地を準備し、1937年頃から、古代ローマを意識した壮大な建物を建設し始めたのでした。

この建物は、1942年の万博で「イタリア文明館」として使う予定で、古代ローマの誇りであるコロッセオをアレンジして「四角いコロッセオ」を建設しようとしたのでした。
しかし、1940年に第二次世界大戦が始まってしまい、建物は建設途中のままで終わり、当然ながら万博も中止になりました。

あ、そうそう、フェンディでした(笑)。
この建物は、戦後、外側だけは完成させたのですが、内部は未完成のまま、何の使い道もないまま、そのままになっていました(こういうパターンの建物、イタリアには多いです)。
そこへ、フェンディから本部として使いたいという申し入れがあって、3年前からフェンディの自費で内部の工事を始めて、晴れて完成。
今年からオフィスとして使い始めたというわけです。
もちろん、賃貸です。
2028年までの契約だそうです。






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こちらの写真は、第二次世界大戦がはじまる少し前、「イタリア文明館」別名「四角いコロッセオ」を建設している頃、1940年の写真です。
写真は、ウィキペディアのデータベース(著作権が切れて自由に使ってよい写真です)からお借りしました。

昔の写真って、なんだか少し泣きたくなるような雰囲気がありますよね。
私はイタリア人じゃないし、いつもイタリアとイタリア人の悪口を言っていますが(苦笑)、イタリアの明日を夢見て一生懸命働いていた労働者の姿や、風になびくイタリアの国旗を見ていると、なんだか、心に染み入ります・・・






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これが、万博のために準備した用地の地図です。
今では、E.U.R(エウル)と呼ばれるオフィス街&住宅街となっています。
そう、E.U.R(エウル)というのは、Esposizione Universale di Roma、つまりローマ万博の略語なのです。

エウルにわざわざ観光で行く方はいないとは思いますが、建築を勉強している方や建築好きの方には、なかなか興味深い地区です。
ムッソーリニ時代の遺産がそのまま残っています。
ファシズムの残り香なのに、取り壊すことなく、負の遺産として残しているのです。


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by mayumi-roma | 2016-11-29 08:04 | ローマの美術散歩
お友だちの写真にハッとした件♪
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お友だちが今日フェイス・ブックにアップした、こちらの写真を見て、綺麗だな~と思ったものの、この教会がどこなのか一瞬分からず、思わずメッセして聞いてしまいました。
ANDREAという文字が読めたので、サンタンドレアとは思ったのですが、私の知っているサンタンドレアとは違う気がしたのです。
この装飾が典型的なバロック様式で、しかも壮大なので、こんな重要な教会を私は知らないのかと、けっこうショックを受けていました。

そうしたら、やっぱりサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ聖堂でした~
そして、一瞬分からなかった理由が分かりました。

1年ちょっと前にブログ記事にもしていたのですが、私は、もっぱら、この教会で、ランフランコが描いた大傑作のクーポラの絵に注目していたからです。





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ここからは私の写真♪
遠いけど、確かにお友だちの写真の部分も見えます。





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ドメニキーノや他の画家たちが描いた、これらの理想化された綺麗な絵よりも・・・





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渦を巻いて天に昇っていくような迫力あるイルージョン♪
巨大なエネルギーを感じさせるランフランコの絵の方にずうっと魅入っていたのでした・・・

でも、今度、またゆっくり見に行かなければ・・と思いました。
お友だちの写真を見てハッとするほど綺麗だと思ったのだから、じっくりと見なきゃね♪

サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ聖堂の過去記事はこちらです。
ここをクリックすると別ウインドウで飛べます。

さて、過去記事にはアップできなかった写真をこちらにアップしましょう。
サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ聖堂には、オペラ「トスカ」の舞台になった礼拝堂があります。


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バルベリーニ家の礼拝堂です。
プッチーニのオペラ「トスカ」の第一幕の舞台になった場所です~
オペラファンは是非どうぞ~♪

サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ聖堂
Basilica di Sant'Andrea della Valle
Corso Vittorio (ナヴォ―ナ広場近く)


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by mayumi-roma | 2016-11-26 08:03 | ローマの美術散歩
ロココ様式の聖マグダラのマリア教会♪
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パンテオンの近くにあるゴテゴテの華美な教会♪

ローマではあまり見ることのない後期バロックのロココ様式の「サンタ・マリア・マッダレーナ聖堂」(聖マグダラのマリア教会)です。

もともとは14世紀の礼拝堂だったものを教会に作り変えたものです。

このファサード(正面)は、ジュゼッペ・サルディによって1735年に完成しました。
実を言いますと、このロココ様式のファサードは、「Chiesa di zucchero」(キエザ・ディ・ズッケロ:砂糖菓子のような教会」と、ずっと批判されてきました。
砂糖菓子、つまり、ケーキの飾りのような教会というわけです。
華美なロココ様式は、聖人たちを祀る教会にふさわしくないと考えられていたのです。

それでも、現在では、この珍しいロココ調の教会がこの地域のアクセントになっているかもしれません。
ただし、イタリア人は、ロココを悪趣味と考えており、あまり好きではありません。






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教会の内部。
一廊式で左右に礼拝堂があり、ジェスー教会の天井画を描いたバチッチャの絵もあります。

この教会は、様々な修道会を経て、16世紀後半に「病人のしもべ」という名称の看護修道会の創設者、聖カミッロ・デ・レリスの本拠地となりました。
聖カミッロは、アブルッツォ出身だったため、現在でも、この教会はローマのアブルッツォ出身者のための教会となっています。

カミッロは、ナポリ王国で陸軍士官だった父のもとで兵役に就きますが、足を負傷して退役します。
その後、修道院などの建設現場の労働者として仕事をしますが、非常に短気な性格で賭博好きでした。

しかし、とある修道士がそんなハチャメチャの彼に良い点を見出して説教すると・・・
それが心に響いて、カミッロは過去の罪深い暮らしを悔い改めて祈り続け、修道士を志すのでした。
けれども、修道士になることをカプチン派のフランシスコ会からは2度拒否され、仕方なくサン・ジャコモ病院(この当時からあったのですね・・)で働いていました。
病人を献身的に看護するうちに病院の限界を感じて、オラトリオ会の創設者フィリッポ・ネーリに相談します。
そして、聖フィリッポに、肉体的救済だけでなく魂の救済も必要だと諭され、司祭になることを勧められ、ついに34歳で司祭となったのでした。






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これは、教会に付属する施設に飾られた聖カミッロの肖像画です。
(ここには通常入ることはできません)

34歳で司祭になったカミッロは、1586年に2人の同志とともに「病人のしもべ」という修道会を設立して、1591年にはローマ教皇シクストゥス5世から正式な承認を受けます。
これが、カミッロ修道会の始まりです。
カミッロ修道会の会員は、肩や胸に赤い十字架を着用する規則があって、これがのちの赤十字運動に繋がります。
看護修道会と呼ばれたように、イタリア各地の大きな病院、また戦場にもカミッロ修道会から修道士たちが派遣されて、正しい看護法を実践します(病人への新鮮な空気、伝染病患者の隔離、正しい食事療法など)。
1607年に修道会の会長を辞しますが、その後も病人や囚人のために献身的な活動を続けます。
そして1613年に亡くなり、今もこの教会に眠っています。
1746年、ベネディクトゥス14世によって列聖されました(つまり聖人として認定されたということです)。






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聖具室~
ここは見ものです!






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完全なロココ様式が当時のままに残っています。
たくさんの絵、金ぱくの使用、ポリクロミー(多色彩色画法)。
木製の戸棚には大理石模様が描かれています。
そして、トロンプ・ルイエが~~
トロンプ・ルイエとはだまし絵のことです。
壁には窓がないのに、まるで窓があるかのように描かれているでしょう!?
その窓の横には、遠近法で、まるでずっと奥まで部屋が続くように描かれています。

ラッファエッロやカラヴァッジョの作品があるわけではないけれど、ローマの教会は、どんな小さな教会にも見所があって、そこにまつわるお話は面白いものです。
私自身、サン・カミッロの物語もまったく知りませんでした・・

そして、この教会の司祭さん、すっごく良い人でした。
どうして聖職者の道を進んだのだろうと思うくらい、普通に普通の人で、普通の友だち感覚で喋れる親しみやすい方!
でも、これは、一緒にいたお友だちがアブルッツォ出身の人だったからかもしれません。
しかも、若くてイケメンだったのです(笑)。
さらに、司祭の衣装なんてつけてなくて、一般人みたいな服装に首元にだけ聖職者と分かるようなものをつけた服装・・

私の経験から言いますと、こういう聖職者のほうが信用できます。
カミッロ修道会は看護修道会でもあるわけですから、現場を大切にする感覚とでもいいましょうか!?
司祭然とした司祭さんって、けっこう偉そうで、意外と視野が狭く、偏狭的な考え方を持っているような人もいます。
ま、会派や人にもよりますけどね。


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by mayumi-roma | 2016-11-24 06:56 | ローマの美術散歩
カラヴァッジョ、神の愛の小道へ♪

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Vicolo del Divino Amore(ヴィコロ・デル・ディヴィーノ・アモーレ)♪
直訳すれば「神の愛の小道」、ローマの、とある路地の名前です。
日本語にすると、あれ~な感じですが、イタリア語の響きは最高に美しいのです♪
崇高なイメージで光がさすような、そんな感じがします。
あくまでも、私的には、ですけどね♪
今日は、わざわざこの路地に行ってきました~(笑)






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なぜなら、この路地の22番地(写真中央の右手)は、とても有名な場所なのです。
と言っても、わざわざ行くような物好きは、私くらいなものでしょうが・・
写真のように、本当に狭い路地で落書きが多くて汚い~~
通っている人はほとんどいません。
昼間でもちょっと怖い・・。

Vicolo del Divino Amore(ヴィコロ・デル・ディヴィーノ・アモーレ)の22番地のアパートには、400年ほど前、カラヴァッジョが1年半ほど暮らしていたのでした。

通りの名に反して汚い路地裏ですが、ローマの歴史的地区は何百年も昔からまったく変わらず、今も同じように存在しているという事実に何とも言えない感慨を覚えます。
400年前にカラヴァッジョは実際にここを歩いていたのですから。







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ついでに、少し先にあるサンタゴスティーノ聖堂までカラヴァッジョの絵を見に行きました。
この界隈もカラヴァッジョのテリトリーだった場所です。







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夕方とはいえ、まだ外は明るいのに、聖堂の中は真っ暗です。
照明器具が照らしている左手のラファエッロのフレスコ画だけは光に浮かび上がっていますけど。







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カラヴァッジョの絵は、聖堂の左側廊の最初の礼拝堂の祭壇画です。
この写真だと、ちょうど奥に見えますが、暗いですね~
絵は闇の中に沈んでいます。







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あえて、自然の状態の写真をアップしますが、絵はぼんやり見える程度です。
でも、これが、当時の人の目に見えていたものなのです。
ロウソクを灯していたかもしれませんが、この教会は位置的に朝日も夕日もあまりさしこまないので、いつも暗いのです。






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コインを入れて照明をつけました♪
これが、カラヴァッジョの「ロレートの聖母」です。
これまでも何度もブログに登場しているおなじみの絵♪
でも、しばらくぶりだったかも・・・

それまでの宗教画とはまったく違う世界観ですね♪
当時の庶民たちの姿を写実的に描いていて、ここには理想化された美はありません。






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貧しい巡礼者の足の裏は真っ黒に汚れています。





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私が個人的にツボなのは、聖母が脚を交差させているところ♪
聖母らしからぬポーズですね。






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注目したいのは、聖母が黄色のベールを肩にかけているところ♪
これには非常に大きな意味があるのですが、内緒で~~す♪






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おまけの画像~
この聖堂にあるもう一つの傑作、ラファエッロの「預言者イザイヤ」です♪
私の好きな絵の一つです。
左側の天使がずいぶん傷んできましたね・・・(泣)

本日の写真は、一眼レフではなく、コンデジで撮ったので、画像がいつもより粗くなりました。

この聖堂の近くにあるサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂には、カラヴァッジョのマタイ伝3部作があって、それを見学する団体さんでいつもいっぱいですが、こちらのサンタゴスティーノ聖堂には、同じくらいに傑作とされるカラヴァッジョの「ロレートの聖母」とラファエッロの「預言者イザイヤ」があるのに、訪れる人もなくひっそりとしています。
だから、私は、こちらのほうが好きなのです♪
人々のざわめきや写真撮影の列に邪魔されることなく、静かにゆっくりと好きなだけ絵をみることができますから。


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by mayumi-roma | 2016-11-18 06:48 | ローマの美術散歩
知られざる博物館@サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂♪

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サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の地下遺跡♪


サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂には付属の博物館がありまして、それは2001年の12月8日(無原罪の聖母の日)に開館されたものなのですが、知っている方は、あまりいないのではないかと思います。

地下遺跡や大聖堂の2階も観れたりして、なかなか興味深いところです。

いくつものセクションに分かれていますが、個人的に気に入ったものだけをご紹介します。





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この大聖堂のあった場所には、古代ローマ時代の貴族の邸宅や市場があったそうで、発掘して綺麗に修復されています。

フレスコ画も残っていますが、さすがに傷み具合がひどかったらしく、修復後もこんな感じです。





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一番の見ものだと言われているのがこちら♪

アルノルフォ・ディ・カンビオのプレセピオ(キリスト降誕の様子を人形で表わした模型)です。

彫刻を使った最古のプレセピオだと言われています。

これは、1288年に教皇ニコラス4世が注文したもので、1291年に完成したものです。

実際には、アルノルフォ・ディ・カンビオは、浮彫彫刻のような形で彫っていたようで、本来、背中の部分は丸みがなく平らだったのでした。

それを後世の作家が丸みをつけて手直しをしたということが分かっています。

もともとは大聖堂内に飾られていましたが、一時期、醜悪と言われて取りのぞかれたため、現在では博物館に収められています。


中世の芸術は私個人はあまり好みではありませんが、このプレセピオには、素朴でプリミティブなほのぼのとした可愛らしさやいじらしさを感じます。






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大聖堂の2階、「祝福のロッジャ(開廊)」にある13世紀のモザイク♪




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過去記事にも書いていますが、雪の聖母の伝説をモザイクで語ったもので、
本当に素晴らしいです♪
1200年、フィリッポ・ルスティの作品です。




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ちなみに、祝福のロッジャとは、こちらの写真で見える2階部分です。





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大聖堂の2階にある広間♪
歴代の教皇の肖像画や典礼に使用する聖衣などが展示されています。






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これ、確か、過去の超大物教皇が使っていたものです~
ごめんなさい、誰だか忘れちゃった!
衣装の下に見える書物は~~





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なんと!
約2000年前の、初代ローマ教皇サン・ピエトロ、つまり聖ペトロ直筆の古文書です。私の夫は、書類の上ではカトリック教徒なのに、多くの(?)イタリア人同様、まったくキリスト教を信じていません。
この写真を見せたら、笑いながら、「眉唾ものだ」と言って、まったく信じませんでした・・・
が、私は信じます。




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そして、こちらが、世にも美しいベルニーニ設計の螺旋階段です。
ため息が出るほどの美しさでした♪

この階段も含めて、2階の部分は、それぞれのコーナーに鍵がかかっていて、係の人が開けなければ観ることができません。
係員が常駐しているわけではなく、係員が見学者を案内する形になっていますので、一人で行くのは難しいかもしれません。
私は、2年前に中世美術史の講座で、先生とクラスの皆と行ってきました。
入場料は10ユーロ。
団体さんがいれば、一緒に入れてもらうといいかもしれません。


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by mayumi-roma | 2016-11-12 07:46 | ローマの美術散歩
見どころ豊富なサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂♪
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サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂♪

(最近、エキサイトブログの様子がおかしくて、書いている途中で、文字のフォントやサイズが勝手に変わったり、行間の取り方も勝手にバラバラになってしまいます。今日の記事も、まさにそれで、文字のフォントも行間もめちゃくちゃになっていますが、私のせいではありませんので、あしからず)

この大聖堂は、5世紀に建立され、その後、何度も改修工事を受けながらも、初期キリスト教の様式を失うことなく今日に至ってます。

そもそものこの大聖堂が建立されることになった伝説は次のようなものです。


紀元352年8月5日、真夏に雪が降るという奇跡♪

かつてリベリウス教皇に使えていたジョヴァンニという貴族がいました。

ある日、ジョヴァンニの夢の中に聖母マリアが現れ、「明日、雪が降ります、その雪が降った場所に私に捧げる教会を建ててください」と言うのでした。

翌日、教皇リベリウスのもとに赴いてその話をすると、なんと、 教皇もまったく同じ夢を見ていたのでした。

そこで彼らがエスクィリーノの丘に行ってみると、 8月5日という夏の盛りだというのに、雪が降っていたのでした。

こうして、初期の聖堂が建立されましたが、5世紀前半にシクストゥス3世によって新たな聖堂建立が始められ、それが、別名「雪の聖母マリア」で知られる現在のサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂なのです。


ローマで最も高い鐘楼は1277年のロマネスク様式、建物のファサード(正面)は1743年のバロック様式、時代と共に新しさが加えられています。

その美しさの中に、史上初の聖母マリアに捧げられた教会としての権威を感じさせます。

この大聖堂は、ローマ市内にあるヴァチカン直轄のサン・ピエトロ大聖堂、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、城壁の外のサン・パオロ大聖堂とともに四大バジリカの一つとされています。





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三廊式の巨大なバジリカです。

5世紀のシクストゥス3世の時代から変わっていません。

イオニア式の柱は、左右に21本ずつ。

柱の上部にモザイクのサイクル画があるのが分かるでしょうか?

このモザイクは、建立された当時5世紀の非常に古いもので、旧約聖書の物語が描かれています。

左側はアブラハムとヤコブの物語、右側はモーゼとヨシュアの物語です。

もともとは全部で42枚ありましたが、現在は左に12枚、右に15枚残るだけで、そのほとんどは後世において修復されていますので、5世紀のモザイクがそのままの状態で残っているのは、2枚だけしかありません。





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こちらが、5世紀オリジナルのモザイクの一つです。

2つの場面を上下に描いています。





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天井の装飾は、教皇アレクサンデル6世(チェーザレ・ボルジアの父親)の命によってジュリアーノ・ダ・サンガッロが制作したものです。

アレクサンデル6世はスペイン、ボルジア家出身だったため、スペインがアメリカ大陸から持ち帰った最初の金をふんだんに使わせ豪華なものにさせました。





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主祭壇とバルダッキーノ(大天蓋)♪





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主祭壇の下には、聖遺物が収められています。





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聖遺物は、この豪華な入れ物に収められたキリストのゆりかごです。

ベツレヘムの馬小屋で生まれたキリスト・・

そのゆりかごは、馬小屋の飼い葉おけだったのです。

その、木製の飼い葉おけの一部が収められています。





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主祭壇の後方、内陣のモザイク♪

これは、素晴らしく美しいです。

紀元1300年の大聖年の年のため、1295年にヤコポ・トリッティが制作したものです。

主題は、「聖母の戴冠」♪

聖母の戴冠とは、聖母マリアが亡くなって天国に行った時、全能の神が、「神の子イエスを産んだ貴女は天の女王に値する」として、女王の戴冠式を行なったというものです。

息子のイエスが母マリアに戴冠している様子が描かれていますが、なんだか恋人同士みたい♪

こんなことを言うと、カトリック教会に怒られそうですね。

でも、微笑ましい光景。

物語としては、実に面白いですね♪







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主祭壇の右横には、ベルニーニのお墓があります。

17世紀、バロック時代のローマを華麗な建築と彫刻で美しく飾ったベルニーニですが、自身とその家族のためのお墓は質素なものです。

「芸術家は、その作品によってこそ名前が残るのであり、墓によってではない」という考えを持っていたそうで、このお墓を見て、ますますベルニーニが好きになったわたくしでした~


次回は、あまり知られていない、というか、入ったことのある方はほとんどいないのではないかと思われる、この大聖堂の地下遺跡と2階部分に隠されているベルニーニ作の螺旋階段をご紹介します。






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おまけの画像~

サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の聖なる扉もくぐりました~~

少なくとも4大バジリカの聖なる扉は制覇したい!



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by mayumi-roma | 2016-11-11 07:13 | ローマの美術散歩
ポルタ・ラティーナのサン・ジョヴァンニ聖堂@ミモザ会♪

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ポルタ・ラティーナのサン・ジョヴァンニ聖堂♪
10月にローマ日本人会婦人部ミモザ会で訪れた教会です。
サン・ジョヴァンニとは、イタリア語で聖ヨハネのことで、この教会は、このすぐそばにヨハネが迫害された場所があることから建てられたものです。
ヨハネはヨハネでも、キリストの最も愛した使徒聖ヨハネで、福音書を書いたほうのヨハネです。
キリストのハトコで、ヘロデ王に首をはねられた洗礼者聖ヨハネ(サロメの物語で有名)ではありません。









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こちら~
以前ご紹介したサン・ジョヴァンニ・イン・オレオ聖堂ですが、この場所が、紀元92年のドミティアヌス帝によるキリスト教徒迫害の際に、キリストの最も愛した使徒ヨハネが煮え立つ油釜に入れられた所だとされており、17世紀にボッロミーニが大改修工事で建てたのでした。
オレオはラテン語で油という意味です。







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こちらが、ポルタ・ラティーナのサン・ジョヴァンニ聖堂の内部です。
5世紀末にはすでに教会があったそうで、その当時使われた瓦が聖書台として使われています(写真でも左手に小さく見えます)。
8世紀に改修工事がされ、12世紀にも改築工事。
さらに17世紀にはバロック様式の教会へと変貌を遂げますが、1940年に古い時代の教会の状態に戻そうと再び改修されます。
現在見られる姿は、ほぼ昔のままの状態です。






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中世のフレスコ画♪
旧約聖書と新約聖書の物語が全部で50場面ほど描かれており、これらは1940年に修復されたものですが、かなりの部分を消失しています。
残念です!
一部綺麗なものがあったのですが、教会内部があまりにも暗くて、しかも逆光だったため、上手く写真が撮れませんでした。
「イヴの創造」がなかなかよかったのです~♪







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教会の前に残る古い井戸♪
7世紀のもので、ラテン語で文字が刻まれています。
ちょっと訳してみました~

IN NOMINE PATRIS ET FILII ET SPIRITUS SANTI
「父と子と精霊のみ名によりて」
OMNES SITIENT ES VENITE AD AQUAS
「喉が乾いている者は、誰でも水を飲みにきなさい」
EGO STEFANUS
「我、ステファノ」(彫り師の名前)

ラテン語って美しい言語ですね♪


San Giovanni a Porta Latina
Via di Porta Latina 17
7:30~12:30
15:00~18:00


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by mayumi-roma | 2016-11-06 07:05 | ローマの美術散歩
パンテオンみたいな教会♪

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可愛い♪
私は円形の教会が大好きなのです。

こちらは、サン・ベルナルド・アッレ・テルメ聖堂♪
テルメは浴場という意味で、このあたり一帯は、ディオクレティアヌス帝の浴場の跡だったのです。
この教会は、その浴場内のボール遊びをする施設があった場所に、1598年に建てられたものです。






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内部♪
直径22メートルの円形です。
訪れる人は誰もいません。
予想に反して、内部はとても明るかったのでした♪
壁がん(彫刻などを置く壁のへこみ)には8体の聖人彫刻がありますが、これらは、1600年前後にマニエリスム(ルネッサンスの後)のスタイルで、カミッロ・マリアーニが制作したものです。






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天井を見上げると、パンテオンそっくり♪
ただし、大きな穴は開いていませんけど。
でも、ここから明るい光が入るのですね。






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ランタンの一番奥には、精霊の象徴、ハトが描かれています。






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この聖堂には、ドイツ、ナザレ派の画家、ヨハン・フリードリッヒ・オーファーベックが眠っています。
ナザレ派と聞いても、よほど西洋美術がお好きでない限り、ご存じないかもしれません。

1809年、ウィーンで、オーファーベックを中心とする美術アカデミーの学生たちが始めた芸術運動で、アカデミーの決まり切った美術教育を否定し、キリスト教美術の精神性を取り戻そうと、ラファエッロ以前、つまり、中世末期からルネッサンス初期にかけての芸術家にインスピレーションを求めたものです。

1810年、オーファーベックは仲間と一緒にローマに来て、1813年にローマカトリックに改宗、そして、1869年で亡くなるまでの59年間、ローマの地で創作活動をしたのでした。
作品のほとんどは宗教的主題で、中世フレスコ画の復興にも取り組みました。
非常に質素な、まるで修道士のような生活をしていたと言われています。

1830年までにオーファーベック以外の画家はドイツに帰国したそうです。
オーファーベックは、よほどストイックな人だったんでしょうね・・


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by mayumi-roma | 2016-11-02 06:31 | ローマの美術散歩
  

ローマ在住32年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・
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