レオナルド・ダ・ヴィンチの生家♪


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ヴィンチ村から2キロほど小高い丘に上ったアンキアーノ。
見渡す限り、オリーブの木で覆われています。
このオリーブの並木道を進むと・・











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見えてきました~
オリーブの木に囲まれたレオナルド・ダ・ヴィンチの生まれた家♪











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ここがレオナルドが生まれた家♪











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もう一つ対になった家です。











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2つの建物の全体像♪

このパターンの家は、イタリアではCasa Colonica(カーザ・コロニカ)と言って、地主が小作人を置いていた建物にあたります。


レオナルドの人生は、その作品同様、謎が多くて、いまだに推測の域を出ない部分もあるのですが、この家で生まれたことは確実だそうです。

ダ・ヴィンチ家はヴィンチ村の名士の家柄で、代々公証人を務めていました。
(祖父だけは公証人にはならず、家の資産で食べていたそうですけど)
父親のセル・ピエロは、フィレンツェで成功した有能な公証人でしたが、母親は農婦の娘カテリーナと言われています。

セル・ピエロにはフィレンツェの名家のお嬢さんが婚約者としていましたし、カテリーナとは身分の差もあったためか、正式な結婚はしなかったので、レオナルドは庶子です。
けれども、父親側に引き取られて、祖父と叔父に可愛がられて育ちました。
ただし、庶子だったため、正式な教育を受けず、いわゆる両家の子女が学ぶ古典(ラテン語や古代ギリシャ語等)を学ぶことはありませんでした。
レオナルドは、教養人として必須の古典を、大人になってから独学ですべて学んだのです。

レオナルドの本を読むと、一般的には、この家が、ダ・ヴィンチ家の領地の中にある小作人の家ということになっていますが、実際にダ・ヴィンチ家のものになったのは、それから30年後のことでした。
生家の中の展示パネルに、この家の歴史が書いてあり、持ち主の変遷が記されていました。
それによると、レオナルドが生まれた当時の家の所有者は別の人物でした。

では、なぜレオナルドがこの家で生まれたのか・・
そんな説明を書いているものはどこにもありませんが、おそらく、この家の当時の所有者は、ダ・ヴィンチ家と親しい関係にあったのでしょう。
家族で行き来するような間柄だったのかもしれません。
そして、その家の小作人の娘が、美しいと評判だった(レオナルドの母親になる)カテリーナだったのでしょう。
セル・ピエロは魔が差したのかもしれません。

レオナルドについて書かれた本は星の数ほどありますが、本によっては、レオナルドは生まれてまもなく父親側に引き取られたと書かれたもの、また、5歳になるまで母親と暮らしたと書かれたものもあって、これもまた、真相は定かではありません。

正式な書類に残っていることは、ただ2つだけ。
1つは、祖父の自筆の覚え書きです。
レオナルドが、セル・ピエロの息子、すなわち自分の孫として、1452年4月15日に生まれ、ヴィンチ村のサンタ・クローチェ教会で洗礼を受けたこと。
もう1つは、レオナルドが5歳の時に登録されたヴィンチ村の記録簿です。
そこには、家族構成が書かれてあって、祖父、叔父、父親、父親の妻(レオナルドの継母)、レオナルドの5人家族が登録されています。

つまり、レオナルドが5歳になるまで誰と暮らしていたかの記録はどこにもないわけです。

ただ、祖父がレオナルドの誕生の記録を残したということから、孫の誕生を心から喜んでいたと察することができるので、母親のカテリーナを他の男と結婚させ、乳飲み子のレオナルドを母親の元にしばらく置いていたとしても、その後は、早い段階で引き取ったと考えるのが無難ではないでしょうか!
とはいえ、レオナルドを引き取ったのは、セル・ピエロ(レオナルドの父)の妻に子どもができなかったという理由もありますので、早い段階とはいえ、おそらく3、4歳くらいにはなっていたのかもしれません。


時々、目立ちたがり屋で野心家の美術史家は、とんでもないことを言い出して世の注目を集めるという手法を取りますが、何年か前に、レオナルドの母親はオリエントから連れてこられた奴隷だという説を打ち出した美術史家がいました。
私は、この説を却下します。
まぁ、私が却下しなくても、世の中的にこの説が全然広まっていないことを考えると、誰も相手にしなかったのだと言えるでしょうけど。


さて、レオナルドはミラノ第一時代に、母親のカテリーナをミラノに呼んで2年間一緒に暮らしています。
そして、その地で亡くなった母親のお葬式も出しています。
こういうことを考えると、物心ついてから母親と一緒に暮らすことはなかったけど、それなりの関係は続いていたと思えます。











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ダ・ヴィンチ家の紋章♪
なんでも、これもレオナルドが作ったのだとか・・?
ま、そういうことにしておきましょう(笑)。
オリジナルは家の中、レプリカが家の壁にはめ込まれています。


正直、ここは、レオナルドが生まれた家というだけで、中には何も見るものはありません。
有料ですけどね。
展示パネルなどもありますが、別に読まなくても損はありません。
家自体もかなり修復されていますし・・

それでも、私は、敬愛するレオナルドの生まれた家がどうしても見たかったのです。
彼が生まれた村の中に自分の身を置いてみたかったのです。











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このオリーブの林に囲まれた美しいトスカーナの自然・・
そこで育った少年レオナルドが見たであろう風景・・

ああ、
来てよかったです♪


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ありがとうございました♪
by mayumi-roma | 2015-08-24 05:28 | トスカーナ

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


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