絶世の美女・・
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先日のコロンナ宮殿、1階のアパートメントです。
コロンナ家は、マルティヌス5世というローマ教皇を出しています。
それゆえ、名門となり、家紋もあるわけです。

中央にコロンナ家の家紋が見えますが、その名の通り、大きなコロンナ(円柱という意味です)があります。
これは、一族のお屋敷のそばにトラヤヌス帝の大きな円柱があったことから(現在ももちろんあります)、それをシンボルにしたのでした。
家紋の左側の壁にクッション、右側の壁に折りたたんだ傘が見えますが、クッションは法王の前に膝まづく時に下に敷き、傘は法王をリスペクトするために差したのだとか・・

さて、写真の左側に女性の肖像画があります。
これが、17世紀に絶世の美女として有名だったマリア・マンチーニです。
名前は全てイタリア語表記としていますので、あしからず。











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プリンセス・マリア・マンチーニ・コロンナ♪

ローマは、イタリア統一の19世紀末まで、ローマ教皇領でしたので、教皇を出した名門の家は、プリンス・プリンセスの称号を使うことが許されたのでした。

絶世の美女と言われたマリアは、ローマの男爵の家柄でしたが、父親が早くに亡くなったため、母親が自分の兄であるマザリーノ枢機卿(フランスの宰相でもあった)を頼ってパリに移住しました。
フランスの名門に娘たちを嫁がせるためです。
ところが、誰も予期せぬことが起こってしまいます。

フランスのルイ14世がマリアを本気で愛してしまうのです。
それは、清らかな初恋でした。
「マリアと結婚したい」と言い出す始末でした。
もちろん、マリアもそれを望みました。

これには、マリアの伯父であり、ルイ14世の宰相でもあったマザリーノ枢機卿も困ってしまいます。
フランス国王の愛人に収まる程度なら好都合だったのに、結婚となると話は別だったのです。
ルイ14世には、政略的に縁組された婚約者・スペイン王女マリア・テレサがいたからです。

というわけで、二人の仲は引き裂かれ、マリアは、ローマのコロンナ家に嫁がされてしまったのです。
夫となったロレンツォ・オノフリオ・コロンナは、初夜の晩にマリアが処女だったことに驚いたと言います。
マリアとルイ14世は、本気で愛し合っていましたが、それは完全にプラトニックなものだったのです。

絶世の美女と言われても、本当に好きな人と結婚できないなんて・・

マリアは夫との間に3人の子を産みましたが、その後、夫に殺されるのではないかと疑心暗鬼になり、ついには身の危険を感じてイタリアを逃げ出しています。
夫が亡くなるまでイタリアには入らなかったそうです。

そして、ルイ14世は、初恋のマリアに会うことは2度となかったそうです。


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by mayumi-roma | 2014-11-28 06:45 | ローマの美術散歩

ローマ在住32年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・
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