ローマが永遠の都である理由・・

c0206352_6223366.jpg

テベレ河・・

ほんの少し昔まで、ローマの街は、このテベレ河の水位にあったのです。
だから、古代ローマ時代から、テベレ河の氾濫に悩まされていたわけですね。

この堤防が築かれたのは、1870年代になってから。
25年で完成させたそうです。
今のイタリアだったら、こんな大事業、100年かかっても完成させられないかも・・(苦笑)
ただ、工事のために河沿いにあった数々の歴史的建造物や遺跡を壊すことになったため、犠牲は大きかったようです。
それでも、河の氾濫に悩まなくて済むことは、古代ローマ時代以来の懸念をようやく払拭できたということですから、意義深いものだったのです。
何しろ、シーザーも、テベレ河の流れを、ジャニコロの丘の向こうに持っていく工事ができないか、プロジェクトを立てたと言いますから・・
もちろん、そのプロジェクトは実現不可能でした。
おそらく今の技術を持っても無理じゃないかな・・

さて、19世紀の堤防工事の際、ラファエロのフレスコ画で有名なファルネジーナ荘@トラステベレの下から、古代ローマ時代の邸宅の遺跡が出てきました。
その邸宅は、紀元前1世紀のもので、初代皇帝アウグスティヌスの娘・ジュリアと結婚した皇帝の腹心の武将アグリッパのものだったと考えられています。
ちなみに、その邸宅のフレスコ画は、今日、ローマ国立博物館マッシモ宮殿で見学することができます。
先日、彫刻だけでなく、こちらも見てきましたよ~
以前、ブログ記事にもしたと思います。


思えば、ローマは、創造しては破壊されることの繰り返しだったのです。
古代ローマ時代以来、何度、異民族の侵入を受けたことでしょう・・
その度に、街は完全に破壊され、略奪の限りを尽くされて・・
(しかし、ローマも勢力拡大の際は同じことをしていたことを忘れてはなりません)
異民族の侵入だけではありません。
テベレ河の氾濫によっても、街は幾度となく破壊されました。
テベレの水の流れは、見かけによらず、かなり激しいのです。
また、地震や火事が起こって、それによって街が破壊されることも度々ありました。

文明を生み出しては、破壊され、またそこに新たな文明を作る・・
そして、再び破壊される・・
しかし、諦めることなく、そこにまた新たな街、聖堂を作る・・
何度でも、何度でも・・
それゆえ、ローマは永遠の都なのです。

と、今日、ふと思ったmayumi様でした~
ローマ国立博物館ディオクレティアヌス帝の浴場跡にて、ひらめいたの~♪
すご~い♪
パチパチ~~♪

実は、長いあいだ、悩んでいました。
ローマはなぜ「永遠の都」なのだろうって・・
自分なりの答えが出たので、嬉しい~♪


2つのブログランキングに参加しています。
1日1クリックがランキングに反映する仕組みです。
2つともクリックしてもらえると、嬉しいな♪
応援してね♪
にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
ありがとうございました♪
by mayumi-roma | 2014-11-03 07:37

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


by mayumi-roma