サン・ロレンツォ・フオリ・レ・ムーラ教会(2)♪
サン・ロレンツォ・フオリ・レ・ムーラ教会の続きです~
ごめんなさ~い。
写真のアップに時間がかかって、ちょと手抜きになっているかも・・
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こちらが、主祭壇の奥、後陣部分(つまり教会の一番奥)から見た勝利の門の裏側のモザイクです~♪
中央にキリスト、その周りには、聖人たちと共に教皇ペルギウスが描かれています。
ビザンチン様式!
6世紀のペラギウス教皇時代のものです。

主祭壇の上を覆う天蓋も、中世のもの。
大理石で作られたコスマティー様式。
1148年のものです。








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後陣の一番奥にある大理石の司教座♪
もちろん、コスマティー様式のモザイクで作られた中世のものです。
美しい・・
これは、本当に歴史を感じさせる司教座です。
ちなみに、2階に見えるのは、パイプオルガン。









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この中央祭壇の下、横にある階段から下の教会に入ります~








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ちなみに、中央祭壇の下には、聖遺物があるのがお約束!
ここに、サン・ロレンツォ(聖ラウレンティヌス)の聖遺物が収められています。







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この下の教会は、皆さまの予想に反して、新しく作られたものです。
サン・ロレンツォ大聖堂に関しては、上の教会、それも奥の部分こそが最も古いものになります。








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下の教会の一番奥にある教皇ピウス9世のお墓です。
教皇の熱烈な願望により、ここに埋葬されました。
埋葬と言っても、ロウをかけて美しいミイラ状態になっていますけど。

ちなみに、1881年7月12日と13日の間の夜中に、教皇の遺骸がヴァチカンよりこの教会に移される途中に、大騒ぎになったそうです。
この時代は、ヴァチカンの支配下からイタリア王国になったばかり。
ヴァチカンの圧政に苦しめられていたローマ市民は、カトリック教会という組織を憎んでいた人が多かったそうです。
大勢の市民が教皇の葬列に罵声を吐き、その遺骸をテベレ川に落とそうとしたのだそうです。

いやぁ、こんなこと、全く知りませんでした。
こういうことを、もしヴァチカンの支配下で行なったら、即、斬首刑になっていたらしいですが、時はイタリア王国。
せいぜい逮捕されるくらいで済んだらしいです。









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          下の教会から上の教会の「勝利の門」を見た感じ~










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教会付属の修道院にあるロマネスク様式のキオストロ♪
鐘楼と同じく、12世紀のものです。
キオストロとは回廊式の中庭のことですが、訪れる人もなく、静かな佇まいの中で、その美しさを際立たせています。

時間があれば、是非訪れて欲しいローマの大聖堂の一つです。
教会美術に興味のある方には、宝の山です。
古代ローマと中世のものがこれほど良い状態で残っている教会は、おそらくここだけだと思われます。

この教会の記事(その1)は、この一つ下にあります。
コメント欄は、そちらの方で開けていますので、よろしく。

「サン・ロレンツォ・フオリ・レ・ムーラ教会」
ローマ大学近く。
午前中は12時で閉館、午後は4時から開館なので、開館時間を確かめてから見学されて下さい。
閉館10分前には照明が全て消されますので、早めの来館がオススメです。


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ありがとうございました♪
by mayumi-roma | 2013-05-17 05:50 | ローマの美術散歩

ローマ在住32年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・
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