南三陸町、その4・・

ただ今、日本に帰国中~
日本中が大晦日とお正月の準備で忙しい毎日ですね。

ちょっと悲し過ぎる南三陸町のレポートは本年中に終えたいと思います。
まだ南三陸町の素晴らしい温泉や食べ物のお話が残っていますが、そちらは、新たな年を迎えてから新たな祈りを込めてレポートしたいと思います。
来年こそは、復興という言葉に少しでも近づいて欲しい!


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南三陸町、八幡川・・
この姿を見た時にはショックな気持ちを隠せませんでした・・
何故って、ちょっとシュールな光景だったんです。
もちろん辺り一体、誰もいませんでしたし、川の中には大きな石ころがゴロゴロしているし、川と川の廻りを隔てるものは、コンクリートの細い歩道のようなもの(実際は歩道ではありません)があるだけ。
土地と川の高さもほぼ同じ・・
注意しないと簡単に落っこちてしまいます。

ですが、今年の秋には、この川にサケが帰ってきたそうです。
サケの遡上が始まったのは10月中旬くらい・・
本来は、ここで獲ったサケから採卵して孵化場で稚魚を養殖しますが、現在は孵化場が復旧していないため、サケの卵は町内の加工業者がイクラに加工して市場に出荷しているそうです。
南三陸名物の豪華な「キラキラいくら丼」を私も食べました。


南三陸町志津川は人っ子一人歩いていませんでしたが(当然ですね)、私たちのように被災地の現状を知るために来た者には、歩いてこそ見えてくることがたくさんありました。
交通機関が全くないので、最初はタクシーを時間制で貸りる予定でしたが、そういう見方をすると、単なる物見遊山になってしまって写真を撮るだけになってしまうので、息子と相談した結果、歩くことにしました。
海辺もゆっくり歩きたかったのです。
大正解!
大変疲れましたが、有意義なものとなりました。
結局、タクシーを呼んだのは、ここから、少し離れた温泉のある南三陸町唯一のホテルに行く時だけでした。








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八幡川防潮水門
ここも全くの手つかず状態・・

こういう状況なので、防災センターより海に近い側の地区は、大潮の時には海になってしまうそうです。
確かに、歩いていると海水の水たまりも多かったですし、水に濡れた海藻もたくさん落ちていました。
ちょっと怖かったです・・
私は、一応、覚悟していきましたけどね。

志津川の被災地区は、家や商店の土台を完全に取り除いたら、埋め立てて盛り土をして高さを上げるそうです。
しかし、そこにはオフィスや商店を建てることは出来るけど、居住スペースとしての使用は禁じられるそうです。
私が実際にお話を聞いた被災者の方々は、仮設住宅に入って少しずつ生活面では落ち着いてきたと感じている方も多いのですが、だからこそ、「さぁ、これからどうしよう!?」という不安な気持ちがもたげて来ているそうです。
失った家のあった土地をどのくらいの値段で買い取ってもらえるのか、また、新しい家を建てるために買わなければならない土地の値段は一体どのくらいになるのか、全く何も分からない状況だそうです。









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旧漁港・・
「まだ、こんななんだ・・」と絶句!
この光景を見るために、また、この写真を撮るために、私、ちょっと危ないことをしました。
自己責任ですので、責めないで下さいね。
何事もなかったからよかったものの、本当はこんなことはしてはいけませんね。









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頑張れ、南三陸町!
必ずよみがえる日は来ます!
私は、その日が来るまで、これからもずっとこの町を見守り続けます!
毎年、来るからね~


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by mayumi-roma | 2012-12-30 23:03 | 南三陸町

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


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