ドミネ・クオ・ヴァディス・・
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Domine quo vadis?(ドミネ・クオ・ヴァディス?教会)

ローマのアッピア街道にある小さな教会です。
教会自体は、何の変哲もない文化的に優れたものでも重要なものでもありませんが、ローマとキリスト教の歴史においては、極めて重要な場所に位置します。

古代ローマにおいてキリスト教がまだ違法の宗教であった頃、歴代の皇帝たちは様々な手段を使ってキリスト教徒を迫害していました。
キリスト教を公認したのは、4世紀初頭のコンスタンティヌス帝の治世に入ってからです。

聖ペトロ(サン・ピエトロ)はローマで熱心に布教活動を行なっていましたが、悪名高き暴君ネロがキリスト教徒への凄まじい迫害を繰り広げる中、ついに、それから逃れるために、城壁に囲まれたローマの街から脱出し、アッピア街道を歩いていました。

そこに、イエス・キリストが現れたのです。
驚いた聖ペトロは、「ドミネ・クオ・ヴァディス?」(主よ、どこに行かれるのですか?)と尋ねます。
当時のローマの言語はラテン語でした。
キリストは、「エオ・ロマーニ・イテルム・クルチフィジ」(もう一度、十字架にかかるため、ローマに行くのだ」と答えます。

その言葉を聞いた聖ペトロは、迫害から逃げようとした自分を恥じ、ローマに戻り殉教することを覚悟します。

この、キリストが現れた場所が、まさに、この教会が建っている場所なのです。
キリストの姿が消えた後、そこにはキリストの足跡が残っていました。
この教会の正式名称は、サンタ・マリア・イン・パルミス教会と言いますが、パルミスとはキリストの足跡という意味です。
現在の建物は、17世紀(1637年)に建て直されたものです。








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こちらが、歩道の敷石に残ったキリストの足跡です。

クオ・ヴァディス教会にあるのはコピーで、オリジナルは、ここから少し先のアッピア街道にあるサン・セバスチャーノ教会の礼拝堂に保存されています。
この写真は、サン・セバスチャーノ教会で撮ってきたオリジナルのほうです。
本来の伝説の場所から移動された理由は、サン・セバスチャーノ教会がカタコンベも有する重要な教会で多くの人が訪れるからだそうです。

私はキリスト教徒ではありませんが、現実的に考えると有り得ないことも、「そういうことがあったのかもしれないな」と思うようにしています。
そうは思えないこともありますけどね・・

聖ペトロは、その後(西暦67年くらいの1世紀の頃です)、十字架にかけられますが、その際、「主と同じように十字架にかかるのは畏れ多い」と言って、逆さ十字にかかって殉教しました。


どの宗教も迫害の歴史を持っています。
私は、殉教者に感じ入ることはあっても、宗教のためには死ねません。
(宗教は持っていませんが)
誰かのために死ねるとしたら、それは血を分けた子どものためだけだろうな・・と思います。
そんなことをしなくていい時代と場所に生きていることに感謝です~


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by mayumi-roma | 2012-07-31 22:30 | ローマの美術散歩

ローマ在住32年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・
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