死にゆく町「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」♪
2012年 07月 10日
死にゆく町「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」♪
息を呑むほどの絶景です。
何度訪れても、その絶景に感嘆させられます。
日本では、宮崎駿監督映画の「天空の城ラピュタ」のイメージから、「天空の町」と呼ばれることが多いようですが、イタリアでは、昔から現在に至るまで「死にゆく町」と呼ばれています。
また、最近、映画「ホタルのヒカリ」の撮影場所にもなったことから、日本でもその存在を段々と知られてくるようになりました。
こちらは絵はがきの画像です。
一般人が写真を撮っても、こんな風には奇麗にならないので、ネット上に出回っているのは、大抵、この絵はがきの画像のようです。
天空の町「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」♪
こちらも絵はがきからの画像です。
霧がかかると、こんな風に浮かび上がったように見えるので、ますます「天空の町」というイメージになりますが、実際には、こういう風景に出会うことは難しいように思います。
その昔のチヴィタ♪
こちらも絵はがきからの画像です。
陸の孤島「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」は、外の世界とたった一本の橋でつながっただけですので、その昔は、ロバが唯一の交通手段だったのです。
ただし、現在でも、橋の幅は広くないため、車両の通行は出来ません。
この町と関わりのある人だけが、時間帯を区切って、50ccバイクやオート三輪を使うことを認められていますが、急勾配の橋なので、かなり危ない気がします・・
という訳で、久しぶり「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」に行ってきました~
ここから先は、私が撮った写真になります。
イタリアで暮らし始めてから、「チヴィタ・ディ・バニョレッジョ」は、ずっと私の大好きな場所でした♪
まだ学生だった28年前、お友だちの車でここを訪れて以来、何度となく訪れています。
ローマからは割と近いのですが、何しろ交通手段がなくて、車でないと行けません。
最後に行ったのは、約10年前。
日本の実家がある地元の新聞にイタリア便りの連載をしていた時、紹介したこともあります。
この町の起源はとても古くて、約2500年前、古代ローマより以前の文明、エトルリア人によって作られました。
ただ、この辺りは火山地帯なので、昔から地震の多い地域で、ここ1000年ほどの間に見舞われた大地震によって、この町はどんどん死んでいったのでした。
特に1794年の大地震で、それまではかろうじて繋がっていた1本の道が崩壊して完全に陸の孤島となってしまい、人口流出はとどまるところを知りません。
現在では、居住しているのは、6人から10人くらいだとか・・
風雨による浸食もひどく、町の土台である崖も崩れ去る一方です。
それが、「死にゆく町」と呼ばれる所以ですが、現在では、「チヴィタを救おう」というプロジェクトが進んでいるようです。
陸地と町を結ぶ300メートルの橋。
てくてく、てくてく、ヒーコラと炎天下を歩いていきますが、後半は、かなりの急勾配なので、息が続きません・・(笑)
やっとチヴィタのサンタ・マリア門が見えてきました・・
ふうっ!
門の前で、おじさんがバイオリンを弾いていました!
圧倒的な静けさの中で響くバイオリンの音は美し過ぎるほど美しい!
素敵な音楽をありがとう!
1ユーロを置きました。
サンタ・マリア門をチヴィタの町側から見た感じ。
チヴィタの町並み♪
中世の建物を奇麗に修復してお花が飾られています。
可愛い!
ネコちゃんもたくさん!
久しぶりに訪れて、観光地化されたなぁ・・という印象を受けました。
BARやトラットリアがたくさん出来ているのにビックリ!
とは言っても、アクセスが悪く、大型バスが入れるわけではありませんから、街を訪れる人はポツポツと数えるくらいでしたけどね・・
チヴィタの中心にある広場です~
中心と言っても、あまりにも小さな町なので、ほんの10分歩くくらいで一回り出来る感じです。
上の写真は、サン・ドナート教会。
まるで時が止まったかのような静けさです・・
チヴィタの町の端っこから見える絶景!
カランキと呼ばれる侵食された凝灰岩の渓谷がよく見えます。
まるでグランドキャニオンみたい(大げさに言ってます、笑)!
帰り道・・
チヴィタ・ディ・バニョレジョの町から見た道と橋。
かなりの急勾配です。
でも、下りなので、行きよりはラクでした♪(笑)
この絶景、「死にゆく町、チヴィタ・ディ・バニョレジョ」、
一度は訪れたいお薦めの場所です~
ローマから日帰りで行けますが、できれば、車でゆっくり訪れて欲しいところです。
レンタカーっていう手もありますし。
by mayumi-roma
| 2012-07-10 19:55
| チヴィタ・ディ・バニョレッジョ