もう一つの幕末・・

c0206352_4572120.jpg

Hotel de RussieのStravinskj Barオープンテラス♪
毎度おなじみのワンパターンでごめんなさい。
どうしても行く場所って決まってしまうんですよね・・






c0206352_5414.jpg

先週の火曜日に仲良しのお友だちとランチをした後でお茶に寄りました~
私が貧血気味だったので、私が無理なくさっと出て来られる所にしてもらったんですけど、ランチの日記はまた後日に!

ご心配をおかけしておりました貧血ですが、なんのことはない、鉄分補給のお薬を飲み始めたら、一気に回復しました。
実は、鉄分補給剤って苦手(飲むと吐き気がする)で、私、言うことを聞かずに飲んでなかったんです。
で、別の錠剤タイプに変えたら、飲みやすくて問題なかったのでね。
きちんと飲んでいたら、すぐに回復しました♪

ここずっとあまり食欲もなく、読書ばかりしていましたが、今では食欲モリモリ!
でも、一応、今日までダラリンと過ごそうかと言うことで、日曜日はまたまた読書三昧しておりました~






c0206352_5143327.jpg

今日読んだのは、こちら!
トロイヤやミケーネの古代遺跡を発掘したハインリッヒ・シュリーマンが,幕末(徳川家茂と和宮の時代です)の日本を1ヶ月訪れた時の旅行記なんですが・・

実に興味深いです!
当時の日本が西洋人の目にどう写ったかが、とっても素直な言葉で書かれています。
語学の天才だったシュリーマンは、この日記をフランス語で書いています。
(一つの言葉を習得するのに独学で6週間しかかからなかったんですよ~)

中国から江戸を目指して横浜に入ったシュリーマンは、まず、港で人夫たちが荷物を運ぶお駄賃をふっかけてこないことに驚き、税関の官吏が賄賂を絶対に受け取らないことに驚きます。
日本人は清廉潔白だと!

しかしながら、人夫のほとんどがその手足をかさぶたで覆われるひどい皮膚病を患っていて、皮膚病にかかってない人夫を探すのに30分かかったとも書いてます。
そんなに皮膚病の人が多かったことにもびっくりですが、この人たちは江戸時代の底辺の人たちだったのでしょうか?

そして、船頭さんや、馬丁、肉体労働に従事する人たちは、誰もがふんどし1丁で、全身(手足まで全部)をイレズミで装飾していたそうです。
これも私は全く知らないことでした。

当時の横浜の人口は4000人で、町を歩くと民家の中が細部にまで見え、公衆浴場も外から丸見えだったそうです。

日本の家に家具が全くないことに心底驚き、当時のヨーロッパは家具調度品を隣人と競い合うため莫大な出費となり大変な結婚難の時代だったそうで、ヨーロッパで不可欠に思われていた家具は文明が作り出したものであってちっとも必要なものではなく、正座と畳に慣れることさえ出来たら、ヨーロッパの親たちも子どもの結婚準備金から解放されるのに・・とありました。

「日本人が世界でいちばん清潔な国民であることは異論の余地がない。どんなに貧しい人でも、少なくとも日に一度は、町のいたるところにある公衆浴場に通っている」
「にもかかわらず日本には他のどこの国よりも皮膚病が多い」
このことに納得できなかったシュリーマンは原因を探すために苦労したそうですが、生魚を食べる習慣にあるのではないかと確信していました。←そうじゃないと思いますが。
どうして皮膚病が多かったんでしょうね?

そして、公衆浴場が混浴だったことに非常に驚いています。←私も知りませんでした~
4,50人の老若男女が一緒にお風呂に入っている姿は、当時の西洋人には大変ショックなことだったようですが、シュリーマン自身は、「なんという清らかな素朴さだろう!」と好意的に見ています。
日本人は、浴場(開けっ放しだった)から珍しい西洋人を見つけると、生まれたままの姿で飛び出してきて「唐人」「唐人」と騒ぎながらシュリーマンを触りまくったそうです。

「日本人は性に関してヨーロッパ人的道徳観念を持ってないが、自国の習慣に従って生きている限り、淫らな意識が生まれようがないし、男女混浴が恥ずかしいことでもいけないことでもないのだ。」と、シュリーマンは言っていますが、他の西洋人にとっては「モラルのかけらもない」と写ったようです。

当時の江戸は外国人襲撃が相次ぎ、ほとんどの外国人居住者は横浜に逃げていたそうで、江戸に住む外国人は、善福寺にあったアメリカ領事館員のポートマン氏の一人だけで、シュリーマンは親しくなったグラヴァー氏(あの有名な)を介して、アメリカ領事部経由で横浜奉行所から江戸への旅行許可証を手に入れて、護衛の役人(武士)も派遣されてきたそうです。

江戸城や大名屋敷の立ち並ぶ江戸の景観は大変美しかったようです。
「江戸は森の真ん中にある広大な2つの街のようである」と述べています。
そして、「日本一のお金持ちである加賀前田加賀守の広大な屋敷・・」なんて書いてあるから、ちょっと笑っちゃいました。

お寺はもちろんのこと、商業地区や寺子屋、はたまた、吉原(見学だけ)や芝居小屋にまで行ったようです。

「国産の絹織物を商う店が多いのには驚かされた。男女百人を超える店員が働き、どの店も大きさといい、品数の豊かさといい、パリのもっとも大きな店にもひけをとらない」

「教育はヨーロッパの文明国家以上に行き渡っている。シナも含めてアジアの他の国では女たちが完全な無知の中に放置されているのに対して、日本では、男も女もみな仮名と漢字で読み書きができる」

「花魁が神格化されるという事実を目の当たりにして、前代未聞の途方もない逆説のように思われた」←浅草観音寺のお堂に「花魁」の肖像画が額縁に入って飾られていたそうで、ショックを受けたようです。

「男女混浴どころか、淫らな場面を、あらゆる年齢層の女たちが楽しむような民衆の生活の中に、どうしてあのような純粋で敬虔な心持ちが存在し得るのか、私にはどうしてもわからない」←芝居小屋で、淫らなシーンを多くの女性たちも楽しみながら見ていることに本当に驚いたそうです。

家茂の京への上洛の様子も東海道で見学して克明に記述されてあり、また、町田や八王子まで足を延ばし、養蚕場を見学しています。
時折、大名行列に出くわすこともあったようです。
そして、驚いたことに日本の馬は、幕末まで蹄鉄をつけずにワラジを履いていたんだそうです!

さらに、江戸湾は自然の砦がある上に、浅瀬で干潮時には小舟さえ近づけないことから外国船の侵入から守られていること。参勤交代について。また、当時の日本の政局についても彼なりに分析してあって、なかなか興味深くて面白いです。


「・・・この国には平和、行き渡った満足感、豊かさ、完璧な秩序、そして世界のどの国にもましてよく耕された土地が見られる」

「彼ら(日本の役人)に対する最大の侮辱は、たとえ感謝の気持ちからでも、現金を送ることであり、また彼らのほうも、現金を受け取るくらいなら「切腹」を選ぶのである」


↑今では完全に失われてしまった、かつての美しい日本の描写ですね・・




2つのブログランキングに参加しています♪
ご面倒でしょうが、2つともクリックして頂けると嬉しいです♪
よろしくお願いします♪

にほんブログ村 海外生活ブログ イタリア情報へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ
ありがとうございました♪
by mayumi-roma | 2011-09-26 07:58 | ひとりごと、考えること

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


by mayumi-roma