私の子育て♪

最近よく遊びに行くkimanbaさんのブログ「気ままな日々」で、子どもと親の関係や子育てに関する興味深い記事を読んだ私!
ちょっと誘発されて、自分のこれまでの子育てに思いを馳せてしまいました。

いつの時代も、母親というものは悩みながら子育てしていて、少しばかりの後悔の気持ちを持ったり、「もし、○○していたら・・」と思うものなんですよね。





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2002年夏、宮崎の日南海岸、青島にて。
息子、10歳♪




子どもはみんなママが好き。
そして、ママも子どものためなら何だって出来る!

私は、いつどんな時だって、息子の一番の味方であろうと思っています。
何の見返りもなくそこまで出来るのは、親しかいないんですもの!
息子を一人っ子にすることを決めた時、
大切に育てよう、私たちに出来る限りのことは何でもしてあげようと決めました。

何があっても守ってあげる!
って、大きくなった今では、「そんなものいらない」って言われそうですが・・(笑)



今、(人間として)成長した息子を見ていると、つくづく幸せだな~って思います。
よくぞ、ここまで育ってくれたな~と感慨深くもなってしまいます。

子どもが小さい頃、「この子が大きくなるまでは絶対に死ねない」と恐怖におののいていたことを思い出します。
だって、人生、何が起こるか分からない・・
私の友人の中にも、子どもを生んですぐに亡くなった方や、今現在、再生不良性貧血と戦っている方がいます。

「私がいなくなったら、この子はどうなるの!?」という思い・・
小さな幸せが一番大事なものなんだとつくづく思います。






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2002年夏、大分県蒲江マリンカルチャーセンターにて
息子、10歳♪



海外に暮らすと、
住んでいる国を必要以上に美化して、自分の国なんて大嫌いだと思う人
また、その逆に、住んでいる国になじまず、現実以上に自分の国だけを崇拝し続ける人
そのどちらかに別れるような気がします。

私は、そのどちらにもなりたくなかった。
イタリアで暮らすからには、この地にしっかりと根を張って溶け込まなければいけない。
でも、日本に関して浦島太郎になってしまうのはイヤだ。

そういう思いで、イタリアにも日本にも常にアンテナを張って生きてきました。
そういう生き方だったから、たぶん人の倍は苦労したと思います(笑)
イタリアという国に大した思い入れもなく、成り行きで暮らす事になったことが幸いしたのかもしれません。
イタリアも日本も、第三者的な視点で見つめる事が出来ました。

でも、時には様々な葛藤があるのも事実。
イタリアが心底イヤになったこともあるし、
日本に帰りたいと思ったことも・・


子どもの教育もそうでした。
何もたいそうな教育哲学があったわけではありませんが、
日本人の私にとっては、子どもに日本語で語りかけることが自然なことで、
息子が、日本にいるおじいちゃんやおばあちゃんたちとコミュニケーションがとれないなんて、両者にとって不幸なことだと思って、バイリンガルへの道を進んだだけです。
しかしながら、国際結婚組のカップルにとって、子どものバイリンガル教育には外国人の配偶者の理解が不可欠です。
そういう意味でも、私は夫に感謝しなければなりませんね。

私は教育ママではありませんでしたが、教育熱心な母親だったでしょうね。
違いがあるのかと言われそうですが、あるのです・・
早期教育と勉強の無理強いはしなかったからです。

ローマには全日制の日本人学校があり、ここの幼稚園に3年間入れたことで、私にとっては大きな精神安定剤になりましたし(当時の私はイタリア人の友人しかいなくて疲れていました)、息子にとっても彼の中の日本の血を大きく伸ばしてくれた点で、その後の歩みがバランスのとれたものとなりました。

生まれた時から(心の)成長速度が緩やかだった息子!
実は、おむつがとれたのは3歳になってから、幼稚園に入るちょっと前でしたし(汗)、
怠惰な子だったので、これまた同じ時期まで、パッセッジーノと呼ばれるベビーカーに乗っていました。歩くのが大嫌いな子だったんです(トホホ・・)

幼稚園に入ってからも、周りのお子さんがもうひらがなの読み書きが出来て、自分で絵本を読める子までいる中、文字にはまったく興味を示さず・・
教育熱心な私(笑)も当然、様々な教材を買い揃えていましたが、全て無駄にしてしまいました(再び、笑)
気はあせりましたが、子どもがしたくないことを無理強いしてもね・・

木登りが得意でやんちゃ坊主。
お友だちを泣かしたことも・・
当時のお友だちとそのママたち、ごめんなさいね。


おむつもそうですが、子どもにはそれぞれの成長速度があると思うのです。
他の人と比較しないほうがいいと思います。


イタリアで初めて出来たママ友Aさん(イタリア人)は、おむつを1歳半で取りましたが、そのやり方が尋常ではなかった。
体罰!
それも、小さな身体が真っ赤にはれ上がるくらいたたいて失敗しないようにしたのです。
当時、彼女は、「Mayumi, おむつ、1日でとったわよ~」と意気揚々とその話をしてくれましたが・・
残念ながら、息子と同い年だったその女の子は、中学生に上がる頃、心の病を発症してしまい(ボーダーライン:境界性人格障害と呼ばれる病気です)、治療は続けていますが、今でも普通の生活は出来ていません。
別におむつのことが原因だったと言っているわけではないのです。
たぶん、Aさんはかなり抑圧した子育てをしてきたと思うんですよね。
おむつは、ほんの小さな例にすぎなくて。


話がそれましたが、そんな感じで、息子は、ABCさえ全く興味がなく、日本語もイタリア語も、文字を覚えたのは、小学校に入ってからでした。
イタリアの学校に入ってからは、これまた大変で・・
息子、半分イタリア人で、ローマに生まれ育っているのに、RとLの発音が日本人と同じように出来なかったんです。
お迎えに行ったら(イタリアの小学校は送り迎えが義務付けされていて、先生が親に一人ひとり子どもを手渡すシステムです)、小学校の先生が、「ラビオリ(Ravioli)をLabioriと発音したからおかしくて!」と笑っていましたが、当の本人は何のことなのか全く分かってなかったのです・・
この問題はすぐに解決しましたけどね。
(子どもは覚えるのが早い)

さらに、時間(季節)の感覚をどうしても言葉に結びつけられない様子の息子を見て、私は本気で知恵遅れかと心配したこともあります・・
だって、何度説明しても、春夏秋冬の順番が分からないんです。
日本語でもイタリア語でも。
おまけに、月日も、日本語だと1月、2月で簡単で覚えやすいのですが、イタリア語だと、1月(Gennaio)の次に2月(Febbraio)・・というように言葉そのものが変わってくる・・この順番も全く覚えられないんです。
曜日も同様(日本語でもイタリア語でも)・・
「単純に覚えればいいことなのに、どうして・・」と、当時はけっこう悩んでいました・・


それでも小学校ではいわゆるオール5の成績だったんですが、これは、先生の言いつけ通りに親の私がずっと勉強をみてきましたからね(親が勉強をみないお子さんは確かに成績が悪かった)。たぶん、親子ともども先生からの受けがよかったことから、多少贔屓された部分もあると思います。
その証拠に中学になって、私が勉強を見てあげなくなった途端、成績は急降下となりました・・


イタリアの学校は、私にとっても初めての体験だったので、積極的に中に入る努力をしました。先生も児童も5年間の持ち上がりのクラスなので、人間関係は非常に重要なのです。
中国人やフィリピン人との区別もつかないイタリア人だから、「冗談じゃない!私は日本人よ」というプライドを持って、普通のイタリア人以上にお洒落をして身につける物には注意をしました。
だって、イタリア人って、人を外見で判断するんですよ~
着ている物や持ち物で・・
すぐ「ご主人は何なさってるの?」って聞くし。

おかげさまで、私はクラスを引っ張るお母さんグループの一員であり続けました。
人それぞれの性格もあるでしょうけどね・・
親のイメージは子どもの中でけっこう大きいものです。
そして、子どもたちは、びっくりするほど、他のお母さん方をも見ているものです。
息子のために頑張りましたよ~

それにしても、イタリアの学校も、詰め込み教育のひどいこと!
信じられないくらいに!
しかも、日本の学校のように、体育や音楽、美術、家庭科などの楽しめる教科がほとんどないことから(あっても申し訳程度です)、学校はただただ勉強をする所。
小学校1年生からある英語教育!
これも全く無用の長物。

公立の学校でしたが、評判のいい所に越境入学させたせいでしょうかね・・
イタリア人が「いい学校」と言うのは、厳しくたくさん勉強をさせるところなんだということを後で思い知りました・・
とにかく、宿題の量が許容範囲を超えていました。
子どもが可哀相になるくらい・・

だから、まず一番優先したことはお友だちとの外遊び。
これがまた、イタリアの場合、親が必ず見ていなければいけない法律があるので、大変でした。
そして、スポーツ!
男の子は身体を動かさないと、ストレスがたまりますよね。
幼稚園時代は水泳。
小学校に入ってからはサッカー。
どうせやらせるなら最高の所でと考えて、イタリアサッカー協会付属のスクールに入れました。


ただ、イタリアでの学校選びに関しては、常に後悔がつきまとっています。
ま、結果オーライではありますが・・


だから、息子は、毎年夏の日本で体験入学をするのが楽しみで楽しみで仕方がなかったようです。
給食当番やお掃除当番があるのも新鮮で面白く、体育でプールの授業があったり、家庭科で目玉焼きを作ったり、お裁縫をしたり、大好きな図工もある!
日本の学校のほうが、断然面白いと思っていたようです。
私も、日本の小学校はバランスがとれていて非常にいいと思っています。
もちろん、お受験問題のある東京ではこうは行かないかもしれませんが、
地方都市だと下手な私立より公立の小学校のほうが断然いいと思います。

まぁ、そんなわけで、息子の日本語は同じ年頃の日本の子どもたちと同じ能力があったので、週に1度の補習校だけでなく、通信教育もしていました。
読み書きだけでなく、やはり読解力が必要ですもの~
そして、読解力は、課題文を読んで設問に答える形式の問題をこなせばこなすほど身につくものなのです。

だけど、私は強制したわけではないのですよ。
息子は、たぶん日本語が出来る事がとても自慢だったんだと思います。
実際、イタリアのお友だちに羨望されていましたもの~
そして、日本が好きだったことも大きいでしょうね。
だから、やりたくないと思ったこともあるでしょうが、続けたんだと思います。





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2002年夏、実家のゴンちゃんと♪
息子、10歳♪


このブログを読んで下さっているのは、ほとんどが日本の方だと思いますが、もし、お子さんをバイリンガルに育てたいと思っている海外組の若いお母さんがいるようでしたら、一言!

継続は力なりです。
読んで書けてこそ、初めてバイリンガルと言えるのです。
漢字の練習と本読み(教科書でいいです)は、毎日続けてください。
どんなことがあっても。
だって、30分あれば出来ることですよ~
(その30分が辛いってところかな!?)

そして、子どもには必ず日本語で話すこと。
イタリア語(もしくは多言語)のほうがラクな時もあるかもしれませんが、絶対に日本語だけで!
また、2つの言語をちゃんぽんにして話すことは絶対にタブーです。
これだけは絶対にしてはいけません。

あと、10歳もしくは12歳くらいまでバイリンガルでいることは比較的簡単です。
問題はその先です。
現地校の勉強もハードになりますし、年相応の日本語のレベルも急激にUPします。
また、子どもは覚えるのも早いですが、忘れるのも早いですよ~
それまでに身につけていた日本語力を維持することさえ難しくなります。

そこから先もバイリンガルであり続けることは、並大抵のことではないと言えます。
まずは子どもの意思がないと難しいでしょうね。
でも、そういう意思を子どもに上手に持ってもらうのも、実は親の役目なんですよ~


と、偉そうなことを言っている私ですが~

「勉強しなさい」とは言わなかったけど、
「こんなことも分からないの?」と怒鳴ったことは多々あり。
「バカ!」と言ったことも多々あり。

幼稚園の頃は、ご飯を食べない息子に腹を立てて、たたいたことも多々ありです・・(恥)
しかも、それを覚えている息子・・


すっかり長くなってしまいました。
読んで下さって、ありがとう♪
全然勉強しなくなった息子の暗黒時代については、またいつか続きを書きます・・


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by mayumi-roma | 2011-02-16 07:00 | 息子・私・家族のこと

ローマ在住33年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・


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