カラヴァッジョとの出会い♪
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サン・ルイジ教会のパイプオルガンを支える天使たち♪
(私、天使フェチなんです~)


誤解されている方もいらっしゃるかもしれませんが、
私がローマに来たのは、大学で学んだ西洋美術史の勉強をするためではありません。
(結果としてイタリア美術史を学びましたけどね)
結婚でもありません。
しいて言うなら、遊学かなぁ・・
ロンドンからローマへのお引越しは、あくまでも成り行きだったんです(苦笑)

そもそも、私の大学の恩師は世紀末美術が専門で、私の卒論はムンクがテーマ。
イタリアの芸術が素晴らしいものであることは認めていましたが、宗教をテーマにした作品に心惹かれず、19世紀末のヨーロッパ諸国の文化と政治と芸術(音楽も含めて)とがミックスされた独特なクロスオーバー感が好きだったんです。

そんな私が、街を歩けば偉大な芸術作品がゴロゴロ・・というローマに来てから、
まず最初にはまったのが「カラヴァッジョ」でした。

日本におけるカラヴァッジョの第一人者といえば、宮下 規久朗( きくろう)氏。
現在、神戸大学大学院人文学研究科准教授ですが、たくさんの著書があります。
実は、彼がご家族と一緒に、1998年3月から翌年1月まで、文部省在外研修員としてローマ大学美術史研究所に留学されていた頃に面識がありましたが(子どもが同い年でした)、ド派手なお洋服がお似合いのお姿・・いやはや、ローマの日本人社会で際立って目立っておられました~

今日は、ローマで初めて出会ったカラヴァッジョの作品について少々・・
先日、お友だちの案内で出かけたフランスの教会収蔵のものです。
重複することがあるかもしれませんが、ご勘弁を!






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ローマ、サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会(聖ルイ・フランス教会)
彫像のあるファサード(正面)が、いかにもフランス風ですね。

1518年から1589年にかけて建てられたローマのフランス人コミュニティのための教会で、現在でも、ローマ在住フランス人の国民教会として、フランス管轄にあります。
聖ルイは、第7回十字軍を指揮したフランス国王ルイ9世のことで、フランスの守護聖人♪

1518年に、枢機卿ジュリオ・ディ・メディチがフランス人コミュニティのための教会の建設することを思い立ち、教会建設のための土地は、カトリーヌ・ド・メディチが寄贈したそうですが、完成までに少々時間がかかりました。
資金不足と1527年の「サッコ・ディ・ローマ」(ローマの略奪)のためです。

私たちも世界史で習いましたよね~
ローマの略奪は、1527年5月、神聖ローマ帝国のカール5世の軍勢がイタリアに侵攻し、法王領のローマで殺戮、破壊、強奪、強姦などを行った事件のことです。
美しかったローマの街は廃墟と化したのですよ~
今でも、ラファエロのフレスコ画で有名なファルネジーナ荘の2階のフレスコ画に当時の落書きが残っています。

陸続きのヨーロッパって大変ですね。
島国の私たち日本人は、一度も外国からの侵入を受けたことがありませんもの。
蒙古襲来の時も神風(?)が吹きましたしね。

設計はジャコモ・デラ・ポルタ。
そして、ドメニコ・フォンターナが完成させました。
日本では美術愛好家にしか知られていない名前かもしれませんが、
両人ともバロック時代の有名な芸術家です。






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中央祭壇
先入観かなぁ・・
どことなくフランスっぽいと感じるのは・・(笑)

教会内部は三廊式で左右に5つの礼拝堂を配しています。
ここには、フランス出身の高位聖職者や有名人が埋葬されていますが、
日本人にはほとんどなじみがない名前・・






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「コンタレッリ礼拝堂」
この教会の一番の目玉です♪
なんといっても、カラヴァッジョ初期の作品が3つも飾られているのですから♪

中央祭壇に向かって左側5番目(一番奥)にあります。

カラヴァッジョに制作を依頼したのはフランス人の枢機卿、マテオ・コンタレッリ(フランス語ではマテュー・コンテレー)。自分の名前でもある聖マテオ(聖マタイ)の故事を題材にした絵画を描くように注文したのです。
当時の評論家からは、「ジョルジョーネの真似事だ!」と痛烈に批判されましたが、
公開された作品は大評判となって、一目見ようとローマ市民が教会に殺到したそうです。

しかしながら、光と影によってより鮮やかになる明暗、ドラマチックな画面構成、人々の表情や衣装が聖書の世界ではなく、彼らが生きていた時代の風俗そのままに描かれていることは、画期的なことであり、宗教をより身近に感じる効果を与えたとも言えるでしょう。
カラヴァッジョの公式デビューの作品群は、そういう意味で非常に重要なものなのです。






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「聖マタイの召命」(1600年)

この作品の主題は、収税所で働いていたマタイのもとに、イエス・キリストが聖ペテロと一緒に現れて声をかける。そして、マタイがイエスの呼びかけに応じてついて行ったという、「マタイの召命」の逸話を描いたものです。

指をさすイエス・キリストの手が、ミケランジェロ作、システィーナ礼拝堂の天井画「天地創造」の中の「アダムの創造」を思い起こさせます。当然、影響を受けたのでしょうね・・

研究者の間では、どれが聖マタイなのか、今でも絵の解釈が分かれているようですが、左端の、うつむいてお金を数えている若者だというのが、日本では一般的です。
しかし、イタリアではそう考える人は少数派です。
いや、むしろほとんどいないのでは?

日本での解釈・・
絵の中で、マタイ(若者)はキリストに気づいてないようにも見えますが、
次の瞬間、使命に目覚めて立ち上がり、あっけに取られた仲間を背に颯爽と立ち去る、
そのクライマックス寸前の様子を描いていると解釈されています。

他の作品もそうですが、この作品では特に、光と影の大きなコントラストが魅力的です。
窓から射し込む光に照らし出された人物が立体的に浮かび、奥行きが生まれます。
いつまでもじっと見つめていたい作品です。






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「 聖マタイと天使」(1602年)

礼拝堂の中央祭壇画として描かれたものです。
最初に描いた絵は少々品がなかったそうで気に入らず、描き直した2枚目の絵です。
1枚目の絵は、ベルリンのプロイセン王室のコレクションとなっていましたが、第2次世界大戦中の空襲によって焼失してしまいました。
   
天使が口述し、聖マタイが福音書を書いている様子です。
暗闇に照らし出されるマタイの姿と天使の渦巻くような衣服が、
まるで本当にそこにいるかのようなリアリティを演出しています。






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「聖マタイの殉教」(1600年)
「聖マタイの召命」と対面する壁にあります。

恐怖にあふれるドラマチックなシーンです。
カラヴァッジョは、この絵を描くにあたって相当苦労したようです。
リアルに教会の中での殺人を描いています(実際は違います)。
ここでも光と影、鮮やかな色彩で、パニック状態の現場をより効果的に表現しています。
この絵でマタイ襲っている暴漢の左後ろに小さく見えるヒゲ面の男性、
これは、カラヴァッジョの自画像ですね。
   

この3部作を見るために、是非とも訪れたい教会です。


La Chiesa di San Luigi dei Francesi
(サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会)
Via Givannna d’Arco 5

朝は12時半まで。
午後は16時半から。
木曜日の午後がお休みです。



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by mayumi-roma | 2011-02-03 22:15 | ローマの美術散歩

ローマ在住32年♪永遠の都からお伝えする私(上野真弓)の日々の暮らしや考えること。そして大好きな美術について・・
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